顧客起点でのDXとは顧客と社員のための変革
――では、顧客起点でのDXの理想像とは?
言うならば、顧客と社員のための変革です。社員の方々が、自分の手足のようにデジタルを活用でき、新しい発想やイマジネーションを広げ、顧客や生活者と対話できるようになることが大前提。そして、生活者の今の動態や気持ちをしっかりリスニングし、それを社員の方々が心から理解して、明日の打ち手に変えていけること。その仕組みを、物理的なシステム面でも感情の面でも無理なく構築することが、本当の意味での「顧客起点でのDX」だと考えています。
――仮に高機能のシステムを組んだとしても、おっしゃるとおり企業側の方々が使えないなら、それは本当にもったいない投資になってしまいますよね。人のためのDXになっているのか、という視点を常に持ち続けないといけないと実感しました。
生活者のため、社員のため、そして事業のために。この3つの視点が企業の中でうまく回るのが、最も効果が発揮されるDXではないかと思います。そんな意識をクライアントの経営層と各部門が共有し、ワンチームで進めるようにしていく支援が、我々は得意なのだと思います。
――今回の統合で、対社内にはどのようなメリットがあるとお考えですか?
社員にとって、チャンスが広がることですね。個人的には、それも3つ目の統合の理由と言ってもいいくらい、大きな可能性が広がっていると思います。デジタル全般を幅広く学びながら、前述のようなプラットフォーマーとのダイナミックな取り組みから、たとえばAIを使ったクリエイティブ、そしてCX構築まで各領域も深く追求できる。同時に、世界45ヵ国で切磋琢磨するIsobarのネットワークから得られる情報量や刺激も例を見ないものです。グローバル・スタンダードを把握しながら、日本企業の海外進出の支援もしやすくなります。グローバルに興味があるなら、そんな方向でチャレンジしていってほしい。
専門性×グローバル社員の自由度が増していく
――働く方の自由度が増しますね。
そうですね。デジタル領域の離職率が高いことも、以前から問題だと思っていました。縁あって当社に入ってくれた方には、一生成長できるような環境を整えたいという気持ちがずっとあったので、その仕組みづくりもこれから注力していきます。
――電通アイソバーとは、強みが異なる分、カルチャーもかなり違うのかなという印象です。その融合はどのようにされていく考えですか?
統合後の文化の融合を、企業買収の用語ではPMI(Post Merger Integration)と言いますが、そんなに難しく捉えることではないと思っています。根底にあるのは、相互理解。お互いの業務や人柄を知り、リスペクトし、好奇心をもって「一緒に仕事を進めていこうぜ」と思える環境を作ることが、すなわち文化の融合になるのだろう、と。
そもそも両社とも中途入社の方が多く、スキルや出身の業界も様々で、電通アイソバーには10ヵ国以上の社員がいます。元々ダイバーシティ豊かな会社同士なので、異なる価値観がぶつかるよりも、相互理解を深めておもしろい化学反応が起こることのほうが断然あり得ますし、楽しみです。
企業カルチャーは、経営側から目指すところを提示しながらも、皆が創発し合って、結果として新しい電通デジタルが形作られることを期待しています。
業界の外側、学生からもデジタル人材育成に取り組む
――人材もまだまだ増やしていくのですよね?
そのつもりです。いろいろな人が入るほど、その場が多様化し、変化していきます。「生活者・社員・事業のため」のDXであり、実装までを含めたマーケティング支援を強力に推進するという我々のコアは絶対にぶらさず、しかしクライアントの要望や時代の要請に合わせて座組みや動き方はどんどん変化させていく。そのほうが、おもしろいと思いますね。
――デジタル領域は、何年にもわたって人材不足が課題になっています。業界全体の人材育成について、何か取り組みはありますか?
ご指摘のとおり、人材不足は深刻で、それがDXを阻害する要因にもなっていると思います。採用のため以上に、もっと社会にデジタルを当たり前に使いこなせるマーケターを増やしたいという思いがあります。業界や若手社会人への教育や啓もうはもちろん、大学生のころからUXデザインやシステム構築への興味を醸成できればと、今、複数の大学と連携してゼミを提供しています。
――最後に、今後の展望をうかがえますか?
クライアントへの我々の提供価値の源泉は、何と言っても一人ひとりの人材の専門スキルや知識です。社内の教育プログラムやナレッジシェアの機会を今後も強化しながら、専門性の軸と俯瞰的なナレッジを兼ね備えた「T型人材」を中長期的に増やしていきます。
短期的な点では、特にコロナ禍に突入してから、生活者の感情の乱高下が激しくなっています。暮らし全般に不安があり、マズローの欲求5段階の下のほう、生理的欲求や安全欲求が脅かされていると感じているからだと思います。すると今まで以上にリスニングが大事になっていきます。クライアント側から、以前の月単位や週単位ではなく「日単位で生活者の変化をレポートしてほしい」と要望を受けることもあり、それを事業に活かせている企業はこの状況下でも堅調です。傾聴し、素直に受け止め、事業に反映する。特にその部分の支援をハイスピードでできるよう、注力していきます。