マーケティング領域で起こる分断と細分化
田部:なるほど。私も最初にキャリアをスタートしたのは「マーケティング部」だったものの、やっていることは宣伝で、当然ながら計測もできていませんでした。戸口さんの世代は、デジタルもマスもフラットに捉えている方が多いですよね。
戸口:そうですね。それは、やはりマスの領域でも計測ツールが発展したことが大きいと感じています。でも、日本企業で「マーケティング部≒宣伝部」のようになっているケースが多いのは、なぜなのでしょうか?
西口:もともと日本には、1980年代までマーケティングの役割や部署がありませんでした。僕がP&Gに入った1990年も、マーケティングという言葉はなく、配属されたのはアドバタイジングという部門でした。
分岐点は、ネットの登場です。先にIT部門やシステム部門がネットを活用し、やがて「デジタルマーケティング部」ができた。ここで、1990年代にマーケティングや宣伝に関わってきた人たちとの分断が起きました。さらにデジマの中ではスマホが登場したことで、Web、スマホ、アプリと細分化してしまいました。
戸口:海外では分断していないのですか?
西口:海外でも米国と欧州ではまた違いますが、米国で特に上場している企業は株主からのプレッシャーが極めてシビアです。Cクラスは成果を上げれば高額のインセンティブを得られますが、逆に結果を出せなければ即クビなので、契約が2年なら2年のうちに勝負をかける。となると、部門や領域の分断のような非効率は徹底して解消され、収益性だけを追いかけることになるんです。
インセンティブ獲得を賭けた事業展開が、必ずしも良いとは思っていませんが、逆に日本人は文化的にもお金に対する意識が薄いと思います。お金のために働くのは敬遠されるようなところがある。それがグローバルに後れをとっている一因のようにも思います。
顧客に価値を届けているか?を常に問う
田部:なるほど。僕が各社を支援するなかで、成功する確率が高いのは、やはり直接Cクラスの方と仕事をするときなんです。マーケティングの責任者クラスの方だと、お金を使うことが当然になるというか。売上に対する説明責任を負っていて、投資も自分の懐を痛める感覚があることは重要だと思います。
戸口:それでいうと、僕も「1円の重みを感じられているか」を常に自分やチームに問うようにしています。特にネット広告だと管理画面で簡単に入札できるので、すごくライトにお金が流れていく。それに慣れずに、身銭を切るつもりで皆が取り組めるようにと思っています。
MZ:それは立場を問わず、社内の一人ひとりが意識すべきことなのかもしれないですね。最後に、これからのマーケターに必要な視点をうかがえますか?
西口:僕はもう、マーケティングという言葉をできるだけ使わないようにしようと思って。マーケターも経営の感覚を持つべきです。PLとBSとキャッシュフローを短期と中長期で絶対に上げていく、そのために自分の仕事がどうあるべきかを考えてほしいです。“作業”は今後すべて自動化されるので、ちゃんと「顧客に価値を生む“仕事”」をしましょう。
戸口:僕自身に必要な視点でいうと、西口さんや田部さんと接するなかで「顧客の便益」の追求が本当に大事だと実感しています。顧客起点の経営の考え方を自分も受け継ぎ、より強固にして、事業を伸ばしていきたい。いつかお二人を超えることを目標に頑張りたいです。
田部:頼もしいですね。少し違う切り口で話すと、顧客への価値を第一義として追求していく場合、最終的に組織やカルチャーの抜本的な改革が必要になることが多いんです。顧客理解に基づいて、すべてを「顧客への価値が最大化する」ように変えていく。それが本来の在り方だとも思うので、これからこの仕事でやっていこうという人は、そんな改革も辞さない気持ちで臨んでいただくといいと思います。