向き合う課題を見つけるための「地味だけれど大切な作業」
MZ:対話の中で、自社が解くべき社会課題を見つけていく……。社内の誰かが「これだ!」と閃くようなイメージを持っていたので、少し意外な感じがします。
本田:新しい何かを生み出すというより、眠っている何かを呼び覚ますというほうが近いでしょうね。ブレストとも違って、結構辛い、地味な作業になることもあります。社史や様々な資料も読みますが、表面的なことしか載っていない場合も多いので、答えを持っていそうな事業部を回ってヒアリングしていくことになります。
人間で例えたら「あなたが生まれてから今までを語ってください」というライフヒストリーを聞くような作業ですよね。でも企業ですので関係者が何人もいますし、メンバーの入れ替わりもあるので、全体像が見えてくるまでにはそれなりの時間がかかります。
MZ:エネルギーが要るものの、とても大事な作業なのですね。
本田:この過程を飛ばして表層的なアプローチだけを真似ても、「底が浅い」としか言いようがないPRができあがってしまったりします。PRに限らず企業活動を行う上で、避けて通れないと思います。

テクノロジーとPRのつながりはさらに深くなる
MZ:最後の質問です。本の中では、PRとビッグデータやテクノロジーの関係についても言及されていました。具体的にはどんな場面で活用されるようになっていくのか、教えていただけますか。
本田:コミュニケーションにおけるテクノロジーの可能性については、大きく2つの領域に分けられます。一つは発信の最適化に関することです。なるべく多くの人に最適なタイミングで届けるにはどうすればいいかという話で、この10年ぐらいでアドテク、PRテック中心に大きな進展がありました。
もう一つが発信の前の段階に位置する部分で、社会のインサイト、つまり世の中がどういう意識になっているかを掴むという、PRにおいては発信と同じくらい大事な仕事です。マーケティングで行われているコンシューマーインサイトの把握とはまた違うものですし、価値観が多様化、細分化する中で、どれくらいの割合の人がどのような価値観を持っているのか、そのバランスを把握することもますます重要になっています。
これまでその見極めは、PRパーソンやジャーナリストといったプロフェッショナルが職人芸のように行っていましたが、ここにテクノロジーが貢献しうると思います。たとえばビッグデータを使えば、どんな多様な意見が存在するのか、テクノロジーの力で時間をかけずに把握できるようになりましたし、AIによる分析も、精度が上がっていくでしょう。
MZ:そうすると、エンジニアやデータサイエンティストがPRの領域に参加することが増えてくるかもしれませんね。
本田:はい。これまでは発信の最適化の領域で活躍されていて、PRの領域からは少し距離があったかもしれませんが、今後はPRとのかかわりも深くなっていくと思います。大量の情報を分析して世の中の大きな流れを掴んでいくというのは、知的好奇心が刺激される仕事です。一緒に社会的な貢献につながる道筋を見つけていくことができると嬉しいですね。

ディスカヴァー・トゥエンティワン 1,320円(税込)
株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト 本田哲也氏
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードに入社。2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)、共著に『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。国連機関や外務省のアドバイザー、Jリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。