パン業界への違和感が生んだ、修行のいらないパン屋
高橋飛翔(以下、高橋):今回、私が岸本さんに強く興味を持ったのが、パン屋さんに対し、他に類を見ないプロデューサーという関わり方をしている点。そして、それを350店舗以上手掛けていらっしゃる点です。岸本さんはなぜパンの領域でビジネスをしようと思ったのですか?
岸本拓也さん(以下、岸本):「ベーカリープロデューサー」で検索するとほぼ自分の名前なので、他にはいないのかもしれませんね(笑)。私は元々ホテルマンで、その中で得た「お客様をよろこばせる視点」がこれからのベーカリーに必要だと思い、2006年からパン業界で起業しました。その後、2013年にジャパンベーカリーマーケティングを立ち上げ、パン屋さんのプロデュースを中心に行うようになりました。
実はパン業界って、10年修行して初めて自分の店を持てるような昔ながらの職人気質な世界なんです。オーナーの怒号が店内まで聞こえるお店もあるくらいで。私自身も、焼きたてのパンを買い求めたときに「焼きたては何だって美味しいに決まっている。本当の美味しさがわかるのは2日目なのに何を提供してるんだ」って、私に焼きたてのパンを売ってくれた従業員が怒られる場面を目にしたことがあります。
岸本 拓也(きしもと・たくや)
1975年生まれ。神奈川県出身。ジャパンベーカリーマーケティング代表取締役社長。「考えた人すごいわ」「どんだけ自己中」など、個性的な店名と奇抜なデザインの高級食パン専門店をプロデュースした、食パンブームの立役者。2020年8月にはカレーパン専門店「カレーパンだ。」をリリース。
高橋:買い手が「焼きたてを欲しい」って言っているのに?
岸本:そうなんですよ(笑)。パン屋さんは子供のなりたい職業ランキングで必ず上位に入る職業なのに、実際はそんな感じなんです。お客さんにも怒号が聞こえるなんて、客商売としての感覚のズレを感じました。
それで、本来のパン屋さんの楽しさを伝えたいと思ったのが、パン屋さんのプロデュース業を始めたきっかけの1つです。そこから、修行しなくてもできるパン屋さんのプロデュースを進めていきました。
食パンだけを売ろうと決めた理由
高橋:商売では良く「顧客視点」と言われますが、自分たちがこだわるポイントこそが顧客をよろこばせるという思い込みで、実際の顧客ニーズとズレてしまっているケースは結構ありますよね。岸本さんの場合、消費者目線で見たときの違和感に着目されたのが、パン業界での勝因になったように感じます。また、食パンに特化したというのも戦略として興味深いです。
岸本:開業前にいろいろなパン屋さんを見て回っていたときに「お前はいつまで経っても食パンしか作れないのか」って新人の方が怒鳴られていたのを見たんです。確かに食パンは作りやすいし、毎日のように食べるものだからすごく売れるんですね。手間がかからないものが一番売れる、そこに注目して、食パンだけなら一定のしくみさえあれば開業できるんじゃないかって思ったわけです。日常的に需要があるし、売り方を変えればギフトにもなるし、単価も高いので。
しかも、この10年ほどで食パン作りの機械化がものすごく進んでいて、人の手が触れるのは生地を機械に詰めるところだけ。焼くのはもちろん、こねるのも丸めるのも、分割するのも、発酵するのもほぼすべての工程を機械でできるんです。
高橋:食パンを作ったことがない人の中の多くは、食パンを作る技術がそこまで機械化されているとは知らないでしょう。業界内においても、「10年修行が当たり前」という職人気質の方だと、食パン技術の機械化について知っていても、それをビジネスモデルの着眼点にする発想にはならなかったのでしょう。業界にいながら、その発想に至ったというのがすごいですね。
世界でも有数の起業家、投資家として知られるピーター・ティールは「賛成する人がほとんどいない、大切な真実を見つけろ」という名言を残しています。岸本さんのお話は、これに通ずるところがあります。機械化により、食パン作りには大した修行が必要なくなってきており、食パン専業のパン屋さんであれば誰でも開業できる時代になっている。この気づきこそ、誰も知らなかった真実にあたるんじゃないかと。
岸本:職人さんはプライドで機械を使いたがらないですからね。僕はそこにプライドがなくて、美味しいものは美味しいと考えていました(笑)。
ここにマーケあり!
・パン業界の内外問わず、多くの人が気づいていないor気づいていたとしても既存の思考に囚われ真剣に考えられなかった「食パン作りは機械でできる」という「大切な真実」を見つけ出したことが、岸本さんの快進撃のきっかけとなりました。パン職人ではないから持てた「こだわらない」こと。それが350店舗も手掛けることができた秘密でしょう。