取扱高連動の業界慣習に異議
有園:ネット広告業界の構造的な問題が顕在化したことに加え、顧客市場の変化という2つの問題が起きている、というわけですね。前者については「広告媒体の取扱高に連動する取り分のビジネス」の限界といえるでしょう。そこへ後者のように「広告プロモーションによる事業拡大が限界だから、大きな事業戦略に関する相談や提案を求められる」というケースが出てきた。でもそれは、広告取扱高に連動している部分ではないから、これまでの広告事業の範疇では扱えないですよね。

野内:はい、後者のニーズに応えようとすると、取扱高連動型ではなく、「提供する付加価値に対する報酬型」のビジネスに変えざるを得ません。しかし広告業界は価値に対しての対価ではなく、あくまで広告費のなかから業界標準の取り分を取るというモデルになってしまっている。そもそも、ネット広告の運用でどれほど高い効果を上げてもそれが評価されず、取扱高のマージンで支払われていることが変なんです。
有園:ネット広告はコンバージョンまで測れますからね。認知やリーチの指標で見ている時には「膨大な量を配信できる」という事実が機能しますが、最終コンバージョンまで測る場合、1億円の広告費を投入して配信するボリュームを増やすよりも、100万円で1件取ったほうが良いケースもあります。でも付加価値が高いか低いかではなく、取扱高で決まってしまうというのは、確かにおかしな話です。
野内:運用の付加価値に対し、正当な成果報酬で取引するべきだと思います。しかしこの話は、経営のトップの方であれば理解できるでしょうが、現場担当者になるとそうすんなりとはいきません。新しく契約形態を組み直すより、「全体の15〜20%が取り分ですよ」としたほうがわかりやすいですよね。残念ながら、このモデルが完全に変わることはないと思っています。
有園:僕は「いずれ完全に変わるかもしれない」と妄想しますね。報酬型でビジネスしている外資系もありますし、徐々に変わっていくべきであり、変えていこうとも思っています。
野内:いろいろなやり方があるでしょうね。そこで当社の件に話を戻すと、あえて売上高を追わず、付加価値を出せるようなチーム体制に変えていこうとしています。
とはいえ、目の前に大きな予算の案件が出てくると、やはり担当者としては取りに行きたくなるものです。その大きな予算の案件に行き着くまで現場で骨が折れる折衝があったと推察すると、取りに行きたくなる担当者の気持ちは痛いほどわかりますし、それを全部止めることは難しいというのが正直なところです。
ただ、これまで広告で寄与していた「顧客企業の課題の解決」という部分で見ると、顧客市場がこれだけ変化しているなか、課題解決で付加価値を出していくことが大切なのは間違いありません。もはや、広告事業はどうするという細かい話ではないと思うんです。
だから私たちは、大元にある「課題を解決する」ということで社名も体制も変え、新たにパーパスも掲げ、広告の取扱高をあえて追わないという業界のタブーに挑戦していきます。
「デジタルシフト」という言葉を定義し、新たな道へ
有園:そうした業界の背景と広告主の変化を見て、デジタルシフト事業に取り組む姿勢を大きく発表されたわけですが、具体的にどのようにアプローチしていくのですか?
野内:当社だけでなく、世の中のあちこちでデジタルシフトが叫ばれていますが、そもそもデジタルシフトという言葉の定義すらありませんでした。そこで私たちは、デジタルシフトを因数分解して3つの項に分けました。
1つは、情報やコンテンツのデジタル化を意味する「デジタイゼーション」です。次に、業務プロセスをデジタル化するという意味の「デジタライゼーション」、そして最後にビジネスモデルのデジタル化を図る「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。これは私たち独自の定義ですが、それぞれの因数を飛び越えて、デジタイゼーションからデジタライゼーション、そしてデジタルトランスフォーメーションへ行く動きそのものを「デジタルシフト」としました。
翻って今、日本企業がどこに悩んでいるかといえば、私の肌感では9割方の企業はデジタイゼーション、またはデジタライゼーションで悩んでいます。DXという言葉がバズワード化して、本来Transformationという言葉が持つ「(この場合、デジタルを用いた)変革」という、私たちが定義するDXフェーズにはほとんどの企業は達していません。プロセスをデジタル化するデジタライゼーションでITツールを導入することを「DX」と呼んでいる事例が多々見受けられます。
デジタイゼーションやデジタライゼーションは、まずDXに行くための準備です。これがDXと呼ばれているのが、今の状況かなという印象です。
有園:その感覚はよくわかります。私も先日、流通小売業界の団体に呼ばれて、企業間電子取引の相談を受けました。一応、Web-EDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)の仕組みはあるのですが、利用している企業は1割もおらず、紙/FAXでやり取りしていることがほとんどで、ここをデジタル化したいというニーズがあるんですよ。
野内:IT部門はまず社内インフラから着手して、次にプロセスのデジタル化に進むので、ビジネスモデルのデジタル化には程遠いんですよね。これは問題だと思っていますし、私たちはもっと先に行かないといけないと考えているので、DXのさらに先にある「IX」(Industrial Transformation:産業変革)を構想しています。産業特有の負をデジタルを用いて解決し、産業構造自体を変えていく。そういうことに挑戦しようと決めたのが2021年の8月です。

有園:今、そのビジョンに対してどこまで到達していますか?
野内:まだ1合目にも行っていない、数パーセントですね。ただ、社内のマインドセットの変化はもう少し上だと思います。