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特集:ターゲティングが嫌われる時代のシン・ターゲティング

あえてターゲティングしない。誰をも受け入れる「インクルーシブ・マーケティング」が事業成長を促す

 電通ダイバーシティ・ラボは2017年8月、新しいマーケティングコンセプトとして「インクルーシブ・マーケティング」を打ち出した。自社にとって有益な顧客にのみフォーカスをしていく“過度なターゲティング”の弊害を正しく捉え、“誰も排除しない”ことで社会価値の向上と事業成長を促していくという「インクルーシブ・マーケティング」の考え方と実行していく方法について、電通ダイバーシティ・ラボ代表の林孝裕氏に聞く。

※本記事は、2022年8月25日刊行の定期誌『MarkeZine』80号に掲載したものです。

過度なターゲティングによって「排除する」ことは、企業にとってリスクにもなる

──電通ダイバーシティ・ラボが打ち出された「インクルーシブ・マーケティング」とはどのようなコンセプトなのでしょうか。

林:2017年に作った概念で、次のように定義しています。

インクルーシブ・マーケティング

 ターゲットの共通性を重視し、違いを軽視しがちな効率型のマス・マーケティングを見直し、また一方で自社にとって有益な顧客にのみフォーカスをしていく過度なターゲティングの弊害も正しく捉え、むしろ、多様性を価値として積極的に捉えていくことで、あらゆる企業活動において新たな課題とチャンスを発見し、持続的な成長モデルを再構築していくマーケティング概念

林:つまり、インクルーシブ・マーケティングとは、「この人たちは顧客ではない」とエクスクルージョン(排除)しないことで、あらゆる可能性を踏まえて価値を届けるべきである。そして、そうすることで、新しい価値やビジネスが生まれてくる、という考え方です。

 これはターゲティング全体を否定しているわけではなく、自分たちに都合のいい相手にのみ過度にターゲティングをすることの弊害を捉えようという趣旨です。

株式会社電通 PRソリューション局部長 電通ダイバーシティ・ラボ代表 林 孝裕(はやし・たかひろ)氏 2003年電通入社。2011年電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)に参画し、戦略ディレクター、Webマガジン『cococolor』発行人兼事業部門統括を務め、DDLの戦略統括を担いながら多数のプロジェクトをプロデュース。2017年「インクルーシブ・マーケティング」を立ち上げ、新しい戦略論として普及促進活動を行う。大学・各種団体での講演、執筆、コンサルティング実績多数。2021年よりDDL代表を務める。
株式会社電通 PRソリューション局部長 電通ダイバーシティ・ラボ代表 林 孝裕(はやし・たかひろ)氏
2003年電通入社。2011年電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)に参画し、戦略ディレクター、Webマガジン『cococolor』発行人兼事業部門統括を務め、DDLの戦略統括を担いながら多数のプロジェクトをプロデュース。2017年「インクルーシブ・マーケティング」を立ち上げ、新しい戦略論として普及促進活動を行う。大学・各種団体での講演、執筆、コンサルティング実績多数。2021年よりDDL代表を務める。

林:またここで言うマーケティングとは、「Market+ing」を指し、マーケティング・コミュニケーションといった狭義の意味ではなく、もっと広義に「企業と社会とが必要な価値を創造し合い、提供し合っていく仕組み(マーケット)を育み動かしていくあらゆる創造的活動」と定義しています。そのため、この「インクルーシブ・マーケティング」の概念は、事業部門だけではなく、コーポレート部門、さらにはモノを売った後に市場でどのように世の中に回っていくのかといったことを含めて、企業活動全体に関わっていきます(図表1)

図表1 「インクルーシブ・マーケティング」企業活動全体に関わる
図表1 「インクルーシブ・マーケティング」企業活動全体に関わる

──自分たちに有益な顧客にのみフォーカスする過度なターゲティングの弊害とは、どのようなものでしょうか?

林:経済学上の問題と社会側の課題の2つがあります。まず経済学上の観点では、人口減少が進む今、企業が定めた固有のターゲットだけを対象にしていくと、市場がシュリンクしているため、当然ながらお客様はどんどん減ってしまうということです。

 社会側の観点では、たとえばいわゆる社会的弱者とされる人々への支援という福祉的文脈だけでは、現状、企業が自分たちの価値を全力で届ける対象になってはいないかもしれません。しかし、超高齢化が進むと、日本中に社会的弱者になる人が増えていく可能性のほうが高い。つまり、そこに届けられるサービスやコミュニケーションを設計できていないことは企業にとってもリスクになると考えられます。

 一方で、自分たちがターゲットと思っていない人たちが、本当は自社が作る価値を希求していて、今後優良な顧客になってくれるかもしれない可能性もあるわけです。だからこそ、「この人たちは顧客ではない」とエクスクルージョンしないことが重要であると我々は考えています。

意図しないユーザーに出会うことでつながるイノベーション

──エクスクルージョンしない、つまりダイバーシティ(多様性)の重要性は、近年CSR文脈で多く語られていますが、インクルーシブ・マーケティングでは、“事業成長を促す”という点を打ち出されていますね。

林:今までの企業のCSR活動も重要ではありますが、CSRはどうしても本業以外と捉えられがちですよね。ですが、企業が一番社会への価値を提供できるのは、本業です。つまりインクルーシブ・マーケティングは、事業性と社会価値をつなげていくことがベースにあります。本業で社会に価値を提供するためには、マーケティングが必要ですから。

 そして実際に、インクルーシブ・マーケティングは、新たなビジネス価値を生み出すことに直結します

林:たとえば、ある下着メーカーが、胸が大きいことをコンプレックスにしている女性用の下着を開発したところ、そうしたコンプレックスを抱えている女性だけでなく、トランスジェンダーの方にその商品が買われていることがわかったそうです。自分たちの知らないところにニーズがあることを発見した同社は、それを排除することなく、新しい商品開発につなげました。

 また今では広く使われている洗浄機能付き便座は、もともとは福祉施設や医療施設に置かれる医療器具として開発されたものでした。当時は機能性やデザイン性も今のように高くなかったと思いますが、そのニーズを一般にまで広げ、いろいろな企業が参入してきたことで、機能性もデザイン性も上がり、結果的に日本中に広がりました。

 企業としては販路が広がり、日本中に広がることでもともとのターゲットだった人たちはどこでもその機能を享受できるというWin-Winの関係です。このように、企業が意図しないニーズ、意図しないユーザーに出会うことでつながるイノベーションはものすごくたくさんあるはずです。

 企業が見えていないところに、本当に自分たちの価値を求めている人がいるかもしれない。その人たちを探すことが重要なので、そこにシフトするために一度ターゲティングを外して門戸を開かなければなりません。

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この記事の著者

落合 真彩(オチアイ マアヤ)

教育系企業を経て、2016年よりフリーランスのライターに。Webメディアから紙書籍まで媒体問わず、マーケティング、広報、テクノロジー、経営者インタビューなど、ビジネス領域を中心に幅広く執筆。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2022/08/26 08:30 https://markezine.jp/article/detail/39757

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