ナラティブなストーリーをどう伝えるか
白石:お話をうかがっていて、澤田さんのアプローチが、以前聞いた心理学のナラティブ・アプローチの「オルタナティブ・ストーリー(代替の物語)」と重なりました。ナラティブ・アプローチは、個々人が持つドミナント・ストーリー(思い込みの物語)をカウンセラーが丁寧に聞き出して、それを別の角度から捉えたポジティブなストーリー(オルタナティブ・ストーリー)に変換してあげるそうです。そこで大事なのが、傾聴と、物語の外在化。澤田さんがされているのは、まさにそのプロセスだと思いました。
澤田:確かに、コアが似ていますね。マイノリティの方が「これが課題だ」と認識していないことって山ほどあるんです。社会からかけられた一種の“呪い”ですよね、それを一緒に解いていく。もちろん、そのマイノリティの方と関わる自分の思い込み、呪いも解かなくちゃいけない。たまたま僕がマジョリティだったこと、その特権性も含めて、ですね。
白石:相手とフラットに向き合って、丁寧に対話を重ねて課題を見つけるというのは、「マーケティングも究極的には人付き合い」という先ほどのお話とリンクするようにも感じます。
私自身が日本国籍を保有していないマイノリティですが、最近若い外国籍の方達と交流する機会が多く、バックグラウンドは大きく異なるにせよ「日本国籍を持たない人が日本で働く」という点に関して、私の経験に興味を持ってくださる方がいました。マイノリティから発信するストーリーが、マイノリティと共鳴し合ってポジティブなストーリーに転換される、それって意味があることだなとも実感しました。
社会を編集するひとつとして、ナラティブなストーリーの扱い方も重要だと思います。
企業活動の向こう側にいる一人ひとりのストーリーを大切にする
澤田:それ、とても大事ですね。白石さんが以前紹介してくれたインポスター症候群(自分の能力や実績を肯定的に受け止められず、過大評価されていると感じる状態)に陥っている障がい当事者の方もいます。世間が抱いている障がい者のイメージに自分も知らず知らず沿ってしまって、自分の評価を低くしてしまう。
でも、すべては編集次第だと僕は思います。たとえば日本人は山の中でも富士山を特別視していますが、犬や猫からすれば、ただ土が盛り上がっているだけと捉えているはずで。人間の世界を見る視点や解釈によって、「富士山、尊い」という物語が生まれています。人間は独自の物語をつくって、世界を編集しつづけてきた。そう考えると、常に“強い、速い、高い”といった既存の価値判断の基準に自分を照らし合わせなくていいんです。社会を編集することは、いわば既存の価値判断に囚われない「新しいリアリティの創造」だと思います。
白石:本当に、そうですね。
澤田:私たち一人ひとりが有していていちばん尊いのは、個人のストーリーではないでしょうか。先日、ある会社の社長さんに聞いたんですが、従業員で知的障害があるお二人の方に、外部から打診されたある講演を任せたそうです。はじめこそ「できない、私たちの話なんておもしろくない」と渋っていたものの、結果的にはしっかりと話してくれた。そして講演の参加者からは、純粋におもしろく心が打たれたという感想が多く寄せられたそうです。
決してかわいそうな話ではない、ただ一人の人の人生が魅力的である。そして、どんな人も自分が有している物語を愛することが、とても大切なことだなと思います。ちょっと、マーケティングと関係ない話になってしまったかもしれませんが……。
白石:いえ、マーケティングも人付き合いだと考えると、企業活動の向こう側にいる一人ひとりの物語を大事にすることは、忘れてはいけない視点だなと思いました。
澤田:しっかり調べて、傾聴して向き合っていくのは、一見すると遠回りに感じられるかもしれません。でも、今までのマーケティングが過剰に効率重視で、直線的だったのだと思います。腰を据えて相手に合わせる、曲線のプロセスだからこそ拾える情報や価値がありますし、曲線だから思いがけず遠くに飛べることもある。そんなことを模索して、たとえばゆるスポーツなどは7年ゆっくりと活動をし続けて、ようやく最近社会から認知されたり受け入れられたりしているので、DE&Iはこれまでのマーケティングとは少し違うとご理解いただけるといいですね。
