採用基準の一つは「for you」の姿勢があるか
——コロナ禍に見舞われる少し前に、西口一希氏の著書『たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング』(翔泳社)を読んで支援を直談判したそうですね。本書は主にマーケター向けですが、経営者である山野さんがなぜこの考えを取り入れたいと思ったのでしょうか?
ちょうど2019年ごろに抱えていた「社内で顧客像の共通認識が持てない」という課題を、西口さんの考え方なら打破できると思ったからです。
元々当社では、顧客を徹底的に重視しています。「お客様の役に立つのか」をすべての判断基準にしていて、僕や経営陣はその姿勢を社内に見せてきたつもりです。そもそも採用の時点から「for you」というバリューを示し、利他の視点や姿勢があるかを重視しているんですね。自分の成長のために仕事を頑張りたい、であれば利己的ですが、自分が成長すればそれだけ顧客に貢献できると考えているなら、利他的な気持ちがあるとわかります。
ただ、創業時から人数も増え会社の規模が大きくなるほど、共通の「顧客像」をみんなが認識するのが難しくなってきました。そんな課題感を持っていたとき、顧客起点のフレームワークを知り、これだと思ったんです。
——創業時から山野さんが捉えてきた「顧客」と、メンバーの方が思う「顧客」がずれてきてしまったと。
そうです。そもそも顧客自体が多様化してきていたので、僕自身も顧客が誰なのか把握しきれなくなっていました。すると当然、顧客に対して価値提供ができているのか、その指標はどう設定すればいいのかもぶれてきます。顧客起点の考え方は組織に実装する再現性があり、管理指標も整備できると考えました。僕らの組織文化にも、よく合致していました。
現場の気づきと顧客の潜在ニーズを結び付け、アイデアに昇華
——山野さんの著書『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)には、コロナ禍による外出自粛で大打撃を受け、売上前年比95%減からのV字回復が記されていました。たとえば、状況が落ち着いたら使える前売り券「応援早割チケット」などの新規施策は、どう生まれたのですか?
平常時は、Slackなどでメンバーとオープンに会話し、なるべく意見を交わしながら事業を進めています。ですが、この未曽有の危機は議論による集合知では乗り切れないと思い、「今はトップダウンの意思決定を受け入れて実行してほしい」と早々に宣言しました。
「応援早割チケット」は、いわば現場メンバーの気づきと僕の着眼の共作で生まれた施策でした。現場メンバーは随時、状況を聞くために施設さんに連絡していましたが、休業中の施設も多い中、必ず電話に出る施設があるというんです。それは動物園と水族館でした。生き物の飼育には当然のことながら休みはなく、飼育費用のかさばりによって経営が苦しいとの声も聞いていました。
一方、僕が他のスタートアップの状況や生活者の行動を注視している中で、クラウドファンディングが活況だと感じていました。飲食店や美容院が早割チケットを販売できる仕組みがスタートしていて、生活者の間には“応援したい気持ち”があった。これは僕らのステークホルダーである施設さんにも活かせると考えて立案したのが、「応援早割チケット」でした。現場の気づきと顧客の潜在ニーズを結び付け、アイデアに昇華しました。
——他にも、チケットの日時指定予約の機能を開発して既存のシステムに組み込み、初期導入費を無償にされた例もありました。自社の利益や採算ではなく、クライアント企業の課題を自分たちがコストをかけて解決するのは、なかなかしづらい経営判断では?
やれることが他になかったんですよね。どの道を進んでも潰れる可能性が高いなら、やり切って潰れたほうが潔い、生き延びられたら奇跡だと思っていました。ずっと不安は付きまといましたが、腹をくくって以降は、迷って時間を無駄にすることはなかったです。
このときも、顧客を重視する組織文化が徹底していたから乗り切れたと思います。