読者の目線に対して誠実であること
——企業がブランドジャーナリズムを実践するには、どのような姿勢が大事になりますか?
最も重要なのは、読者ファーストの姿勢です。ジャーナリストは常に読者目線なので、読者を顧客や生活者に置き換えて、その人たちから見たときに信頼性があるかを考えていきます。嘘をつかずに、正しく伝えること。また、誇張せず等身大であること、フラットで偏りがないこと、などですね。つまり、中立的で、読者に対して誠実であることが大事です。
たとえば新聞広告や社内報でもトップインタビューを掲載する場合、もし自社に直近で不都合なことや不祥事が起きていたら、その件を書かないことはジャーナリズムの世界ではあり得ません。受け手の大きな関心事項だからです。私が記者時代にそんな原稿を提出したら、デスクに即座に却下されたはずです。今は、もはやSNSでの“発信”に長けた生活者のほうが、厳しい目を持っているかもしれません。
——では、具体的にデジタル時代における企業の発信には、どんな要件が必要でしょうか?
先ほどの姿勢を踏まえて、企業がブランドジャーナリズムを実践する際に必要な要件や意識をまとめてみました。私が考案したというよりは、どれもメディア業界の先輩方から学んだことです。
デジタルの時代に必要とされるスキルは多々ありますが、物事に向き合う姿勢や素養があれば、それらは必要に応じて学んでいけばいいでしょう。こうして挙げてみると、すべてのビジネスパーソンに必要なことにも感じますね。
これからの企業発信の5つのスタンス
1.時代を読むこと
たとえば来月に出す雑誌なら、そのころの社会の空気を予測して、どんな特集で巻頭は誰に聞くかなどを考えていく。企業の発信にも、数歩先を読む力が求められる。
2.新たな現象に名前を付けること
大きく言うと“編集力”。たとえば朝日新聞が命名した「ロストジェネレーション」がその後広く使われているように、メディアには時代を読んだ上で的確に名付け、社会に訴える力がある。日頃から意識していれば、企業もそうしたことができるはず。
3.常に「なぜ」を考えて発信すること
“なんとなく”いい、といった感覚的な伝え方は、ジャーナリズムの世界では通用しない。なぜいいのか、おもしろいのかをファクトで積み重ねて表現するトレーニングは、企業の発信にも役立つ。
4.“冷静と情熱のあいだ”
取材では情熱を持ってのめり込んでも、表現する際は冷静さや客観性がないと伝わらない。特に自社についての発信では、気を付けたい点。
5.神は細部に宿る
自分の感触や感動ではなく、ファクトで伝えた上で、ストーリーを構築する。インタビューであれば人柄や言外の思いや雰囲気まで伝わるように工夫する。コンテンツの隅々まで手を抜かず、こだわろうとする意識が大事。
経営マターの活動で言行一致を目指す
——まさに、そうですね。特に新しい価値をつくって送り出すマーケターには、どれもそのまま大事なことだと思います。直近では、林さんのブランドジャーナリズム社でサポートされた事例として、野村グループの新聞30段の企業広告がありました。

インフレの局面で「今こそ、野村は、動きます。」と、自分たちの姿勢を宣言されました。この件でとても興味深かったのは、一般向けの新聞広告という形を取りながら、最終的には我々がご提案させていただいた中から、外部よりも社員に伝えたいメッセージが選ばれたことでした。「エクスターナルtoインターナル」と言って、今インターナルコミュニケーション(社内広報)の領域でも注目されている考え方です。同じクリエイティブで、Webサイトのビジュアルやリリースのバナー、全国の支店のポスターまで刷新しました。
——そこまで多岐にわたると、社員レベルでは担当できないですよね。全社的な動きにするポイントはありますか?
やはりトップの関与は必要です。野村さんの場合も経営マターとして、プロジェクトチームには役員の方をはじめ営業、広報やマーケの方も入っておられました。トップダウンとボトムアップがうまくかみ合うと、メッセージが強くなり、読者目線も徹底できると思います。冒頭でお話しした言行一致の実現にもつながります。
今は所属と本名を明かして個人のTwitterやInstagramをしている人も増えましたよね。そういう社内インフルエンサーを対外発信の文脈づくりに巻き込むのも手だと思います。