MMMは新たな手法として+αで取り入れていくのが吉
このように、現状行われている効果検証は確かなものであるとは言えない。これは、統計や因果推論の基礎知識がマーケティングの現場に浸透していないことが大きな原因と考えられる。だが、現状を否定・是正する形で正しい効果検証を強引に進めていくのは、良いアプローチではないと小川氏は指摘する。
「たとえば、単純比較の誤りを正す傾向スコア分析によって、それまで15%だと評価されていたテレビCMによるブランドリフトが、実は3%でしたと言われて、いい気になる人はいないでしょう。これが正解なんです、と押し切って進めようとしても、なかなか現場には浸透しません。ですので、MMMを始める時は、新たな手法を取り入れるというスタンスで始めることをおすすめします」(小川氏)
ここで改めて、MMMとは「商品購買などへの影響を、同時に実施されている複数のマーケティング施策やそのほかの要因を用いて(数式などの)モデルを作り説明することで、施策ごとの影響を推定し、最適化試算まで落とし込む科学的アプローチ」である。
MMMを活用することで、できるようになるのは「効果把握」と「効果予測」の大きく2つ。たとえば、アパレルメーカーがネット広告に1億円投資した時、その効果としてECの売上増加を分析しようとすることが多いが、実際には店舗の売上を大きく押し上げていることが多い。MMMの効果把握では、ネット広告費1億円によって店舗売上が1.5億円/EC売上が5,000万円、合計で2億円の売上増加(ROI200%)があった、などの数字を施策ごとに把握することができる。これが可能になると、予算配分の最適化によって同じ予算で全体の売上を何%まで増やすことができるのか、といった予測を行うこともできるようになる。こうして、確かな意思決定へと導くわけだ。
【解説】MMMの基本のキ
ここで、MMMで使われることの多い分析手法「回帰分析」の解説に入る。無料でオープンに公開されていて、海外では広く使われているMeta社提供のMMMツール「Robyn(ロビン)」でも回帰分析(より正確には「リッジ回帰」という分析)が採用されており、回帰分析の理解はMMMの基礎知識として外せない。
回帰分析とは「説明変数X(例:広告)によって、目的変数Y(例:売上)をどれだけ説明できるか分析する方法」であり、「Y=aX+b」の数式が用いられる。なお、Xが1つの単回帰分析も、Xが2つ以上の重回帰分析もどちらも回帰分析に含まれる。
【回帰分析ステップ1】各広告施策の係数(a)を出す
まず、売上と広告費の相関から、各広告が売上に及ぼす係数を求める。以下例題は、図表2と図表3をもとにしたものである。
例)各月の広告費と売上をグラフにし、相関関係を計算する。広告費1,000万円を1単位とすると、本例題では「係数(a)=2,961」となる(=広告費1,000万円を投下することで、売上が2,961万円増加することになる)。
なお、係数の直線は、上方向矢印の正の値と下方向矢印の負の値(=残差)を2乗して正の値にし、その値が最小になるところで引っ張っている。上方向矢印の正の値と下方向矢印の負の値を全て合計すると0になるため、2乗して正の値(残差平方)に変更した値の合計値を最小化する。
【回帰分析ステップ2】係数から各施策によって増えた売上を推定し、各施策を横並びで評価する
例)次に、テレビCMの係数が8、新聞広告の係数が5、ネット広告の係数が0.005である時、以下の数式によってY(売上)を求める
Y(売上)=テレビCMによる売上+新聞広告による売上+ネット広告による売上+切片
=(8×GRP)+(5×新聞広告の段数)+(0.005×ネット広告のクリック数)+切片
※回帰分析の数式で説明できない売上が切片に含まれる
MMMの最大のメリットは、リアル×デジタルのクロスチャネルで広告効果を把握できる点にある。テレビCMをはじめとするマス広告やネット広告で、実店舗での売上がどれだけ増えたか、ECでの売上がどれだけ増えたかを検証できるため、店舗売上のある企業にとっては特に活用意義がある。