実務現場に登場する「とはいえ」という分岐サイン
さて、「経済的価値と社会的価値の両立」というテーマで実践者と対談を重ねてきた本企画ですが、三層構造による止揚が両立の鍵であることが明らかになりました。それでも「とはいえ、うちではなー……」と思い浮かんだのなら、その一言が、自社のマーケティング戦略が偏りすぎているサインでもあり、またチャンスでもあるのです。
現場にはびこる「とはいえ」は、おぼろげな理想像が見えている状態である一方で、「ROIが数値化できない」「短期的な成果が見えない」といった実務的なハードルが見え隠れし、諦念となって呟かれる一言だからです。皆さまもご経験があるのではないでしょうか。
そして、理想が見えた状態のときに感じる実務的なハードルというものが、実は自社戦略の偏りを示していることにお気づきでしょうか。先の例で言えば、つまり自社は「ROIが数値化できる施策のみを実行する」「短期的な成果が見える施策のみを実行する」という戦略で、競合との熾烈な競争を勝ち抜いていく選択をしつつあるのです。
現代マーケティングの超高速化は、近年急速に拡大する「リキッド消費」(※)という消費行動の巨大なパラダイムシフトも相まって、恐らく止まることはなく、それどころかより加速していくことになるでしょう。
※出典:『消費環境の変化とリキッド消費の広がり― デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討―』(久保田進彦、2020年)
三層構造の3つの短所と、それでも取り組む意義
三層構造とて、いいこと尽くめではありません。第一にかなりの時間を要します。高速化する現代マーケティングでは概ね四半期ベースでの成果が求められるのに対して、二層目との丁寧なやり取りが求められる三層構造は四半期では成果らしい成果は上がりません。
第二に、デジタルマーケティングのように、アクションに対する成果が数値化されません。たとえば、進めているプロジェクトのやり方や方向性がこれで合っているのかどうかを、CPOやROIといった客観的な指標で判断することができません。そもそもオンラインのごく限られた領域での効果測定方法を他の施策に適用すること自体、間違ってはいるのですが、現代マーケティングのトレンドとは相反すると言えます。
最後に、短期間でターゲットを「説得」することが最重要課題化してしまった企業にとって、第三者の意見に耳を傾け、時間をかけて自社提案を修正して「止揚」することは想像以上に難しい作業です。大体、何から始めればよいかわからないというスタート地点の難しさもあります。
それでも現在の潮流に則って、二層構造でどこまで短期間でターゲットを説得できたかを数値化し、意思決定していくことだけに注力していては、少なくとも同じ方法を採用する競合に先んじることは難しいでしょう。短期的な利益確保のための施策と並行して、中長期で価値や関係性を止揚していく施策の両輪で展開することが、焼畑農業的とも言える現代マーケティングから脱却する戦略であり、実践者から得た大きな気づきと言えます。
なにより、三層構造で様々な意見や役割が混在していく中で進むプロジェクトは楽しいものです。商品過多、情報過多な現状の中で、自社だけでできることには限りがあります。第三者を巻き込みながら、自社の商材が、単独では止揚し得ない新たな社会的価値を獲得したり、共鳴者、賛同者といったネットワークを構築したりすることは、何物にも代えがたい財産です。実践者の試行錯誤の軌跡が、皆さまの一歩を踏み出す勇気につながれば、本連載企画の望外の喜びです。