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MarkeZine Day 2024 Spring(AD)

成果に直結するデータ分析とは?現役データサイエンティストが解説

 昨今のマーケティングにおいて成果を上げるためには、データ分析を通して顧客解像度を高め、分析結果を施策に生かしていく活動が必須であることに疑いの余地はないだろう。しかし、データコンサルティングカンパニーのインキュデータによると、データを扱う際の先入観によってユーザーの属性や特徴を真に捉えきれず、明確な成果が得られない事例が多数あるという。MarkeZineDay 2024 Springでは、インキュデータで活躍する現役データサイエンティスト・松本淳志氏と柳下亮平氏が登壇し、「先入観」を超えて顧客の行動変容を促すデータ分析の事例を対談形式で解説した。

ついやってしまっているケースも?データ分析の失敗

 ソフトバンク、Treasure Data、博報堂の3社合弁企業として2019年に設立されたインキュデータ。「アイデアが自走できる世界をつくる。」というPurposeのもと、データ分析基盤の構築・運用から、データ領域における戦略策定、施策実行のためのコンサルティング支援まで、データ活用における課題解決をワンストップで手掛けている。

 同社のソリューション本部 データサイエンス部 部長の松本淳志氏と同部に所属する柳下亮平氏は、主に顧客分析、マーケティング分析の支援を行うデータサイエンティストだ。

 講演の冒頭、松本氏は「クーポンの効果検証」の事例をもとに、データ分析で陥りがちな失敗を紹介した。

 「NGなケースとして多いのは、『クーポンを配った人と配っていない人のLTVを一つの時間軸だけで直接比較すること』です。基礎中の基礎ではあるのですが、意外と現場ではやってしまっているケースが多いと思います」(松本氏)

インキュデータ株式会社 ソリューション本部 データサイエンス部 部長 松本 淳志氏

 「クーポンを配った人と配っていない人のLTVを直接比較すること」がなぜNGなのだろうか。その理由について柳下氏は「クーポンの配布施策を行う時点で効果検証を念頭に置いた綿密な配布計画を立てていない限り、分析結果から正しい示唆を得ることが難しい。それは、配布対象の顧客と非配布対象の顧客でそもそものロイヤリティが異なるから」と語った。

インキュデータ株式会社 ソリューション本部 データサイエンス部 データサイエンティスト 柳下 亮平氏

 「購買意向が高い層は施策の有無にかかわらず購買行動を起こします。そこに施策が重なると、その施策の効果量はいわば“下駄を履いた状態(バイアスが含まれた状態)”になってしまうのです。つまり、バイアスを考慮せずに施策を評価してしまうと、純粋な施策の効果はわかりません。ご相談させていただく多くの企業様から、その分離ができなくて困っているという声をいただいています」(柳下氏)

 つまり、元々購買意欲が高い層は施策の結果から分離するなど、正しい差分を得るための設計がデータ分析の重要なポイントとなるのだ。上図のクーポン配信タイミング後の「8000円」と「5000円」だけ比較し、それらが統計的な有意差があったとしても安易に効果ありと断定できない。

データの時間断面を意識することが最大のポイント

 松本氏によれば「クーポンを配らなければ買わなかったが、クーポンを配れば買ってくれる人を見極め、狙って配る」のが最も効果的な方法だという。しかしその実現には、クーポン配信前から効果検証を前提とした綿密な計画が必要になる。

クーポンを配ったことによる行動変容の確認(理想)
クーポンを配ったことによる行動変容の確認(理想)

 そこで松本氏が「今回の肝」と提示したのが、「時間断面を意識する」という考え方だ。簡単に言えば、配布前(過去)と、配布後(現在)の2つの時間軸を比べたときの効果量に着目するアプローチである。

 この手法により、「クーポンを配った人たちと配らなかった人たちにおいて、どちらのほうが増販効果を得られたか」というざっくりとした比較が可能となる。ただし、ここで差がなかった場合、「クーポンの効果はなかった」と判断してしまうのは時期尚早だと松本氏はいう。

 「さらに先のデータ(未来)を見るという観点もあります。直後のデータを見るのが『直接効果』だとすると、未来のデータを見ていくことは『間接効果』の推定です。配布直後の行動は変わらなかったけれど、1年後を見ると、配布した顧客のほうが生存率が高いケースがあります。この場合、間接効果があったと判断することができるでしょう」(松本氏)

 ここで柳下氏から「特に間接効果が期待される、業種やサービス、商品の傾向はあるか?」と問いが入った。松本氏はこう答える。

 「私の経験上、比較的ライフサイクルが短く、繰り返し店舗に来店するような業種では、クーポンのような施策で生存率に差が出るケースがあります。ただし、時間断面で比較し、直接効果と間接効果を見るという考え方については、どんな業種、サービスでも広く使えるものであると考えます」(松本氏)

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消費者目線を持ったままデータを読み解く方法とは?

 1つの施策の効果が正確に測定できるようになれば、複数施策の比較も一定程度可能となる。しかし現実として、「同じクーポンを配布しているのにもかかわらず、店舗間で全然結果が違う」というケースも出てくる。

 松本氏は、そのような結果の読み解き方について解説した。

 同じ商品に使えるクーポンで、割引率と利用可能期間が異なる2つのクーポンがある。Aのクーポンは、1ヵ月間出続けていて、割引率は5%、期間中は何度でも使える。Bのクーポンは、2日間だけ使え、割引率は10%を毎週出している。

 この2つのクーポンを比較すると、Aのほうが高い顧客生存率だったという。理論的にはBのクーポンを使ったほうが安く買えるはずだが、Aのほうが圧倒的に顧客の固定化が起こった。この解釈が、本セッションのテーマである「行動変容を促すデータ分析」に直結してくると松本氏は語る。

 ここでまた柳下氏から松本氏に対して質問がなされた。

 「行動心理学的な要素を考えるのも分析の醍醐味です。データ分析担当者やマーケターが行動心理学的な要素を加味してデータを扱うときの重要な観点は何でしょうか」(柳下氏)

 この問いに対し、松本氏は「自分が消費者だったらどうするかという視点を持つこと」が大事だと語った。

 「特にデータサイエンティストが陥りがちなのが、分析手法は熟知しているものの、現実的にはあまり使える施策につながらないケースです。そのときに求められるのは、『自分が消費者だったら』という視点を忘れないこと。素人的な目線も含めて、定性的に考えることも大事です。その意味では、その人のビジネス経験、人生経験が、最終的なアウトプットの質に影響すると思います」(松本氏)

 この意見に対して柳下氏も、「ユーザー心理を考えなければ、そもそもビジネスサイドと意見がすり合わない。分析結果はエビデンスの一部に過ぎないので、局所的な分析の議論に終始せず、全体感をもった柔軟性のある議論を意識する必要がある」と付け加えた。

行動変容の要因を正確につかみ、指標化する

 次に提示されたのは、顧客の行動の固定化を深掘りする検証結果だ。

 たとえば、商品Aを買うつもりがあり、すでに外出している顧客は、「どの店舗に行くか」という選択肢があったときに、店舗Aからクーポンが出ていると、店舗Aに行く可能性が高まる。この場合、商品Aを買うつもりがない、外出もしていないというケースに比べ、当然クーポンによる行動変容が起きやすいと言える。しかしこれだけでは考察が足りないと松本氏はいう。

 「店舗Aに行くという行動が先に固定化されているケースがあります。行動習慣としていく店舗が決まっていて、ちょうど今回のクーポンが出ていたから使うというケースです。消費者目線で考えると、いろいろな企業からクーポンが配られている中、1個1個チェックして、『数十円安いから行く店舗を変えよう』とする人は少ないと思います。つまり、今回の分析のケースでは行動の固定化が先行するという前提があるのです。この考え方を用いると、先ほどのケースが読み解けるようになります」(松本氏)

 松本氏の言葉を言い換えると、先述した、「割引率が低いクーポンのほうが、割引率が高いクーポンよりも顧客生存率が高かった」という結果の理由が、行動の固定化にあるということだ。クーポンを「ずっと使える状態」が、顧客の行動の固定化を誘引し、生存率を高めていたのだ。

 実際の分析方法としては、顧客が来店したときの「クーポン利用可能率」という指標を作成。顧客が来店したタイミングで利用可能なクーポンが出ている確率を集計し、分析の説明変数として使用した。その結果、このケースでは来店時のクーポン利用可能率が60%を超えると、顧客生存率との相関を示すという数字が出たという。

 クーポンに対して「割引率が高いクーポンほど使われやすく、集客に直結する」という考え方は自然にみえる。しかし今回の分析結果は、一見すると全く反対の結果のように見える。このような「先入観」と相反する結果が出てきたときに、「データや集計方法が間違っている」と断定せずに正しく顧客行動を捉えられるかどうかが鍵となる。

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行動変容が起こせる範囲と起こせない範囲を分離する

 多くの企業が、施策による顧客の行動変容を期待するが、行動変容を促すことは思っているよりも難しい現状がある。ここで柳下氏は「行動変容施策を行う上で、勝ち筋の見極め方はあるか?」と質問した。

 「まずは、『何をしても買わない人たち』は一定数いますから、その人たちをはっきりと分けることです。次に、買う可能性のある人たちを、『放っておいても買う人』と『何らかのアクションがあることで買う人』に分類します。後者に対し、どのタイミングであれば意思決定に影響を与えられるかを考慮するのが重要なポイントです」(松本氏)

 柳下氏は、より具体的に「設計図が必要だ」と述べる。

 「ペルソナや、カスタマージャーニーマップを事前にある程度描き、検証の指針にしていくことは基本的ですが有効です。ただしその前段に、何を持って『成功』とするのかという定義づけをしていくことも、押さえておきたいポイントですね」(柳下氏)

 セッション終盤、松本氏は休眠顧客の復帰施策について紹介した。この施策においても、「行動変容が起こせる範囲と起こせない範囲の分離」を意識するだけで、高度な解釈が可能になると話す。

 「ある程度習慣化されてしまった行動を企業側が変えるのは難しいです。それは裏を返すと、休眠顧客に関しても、『その商品で得ていた機能を人生で享受しなくなった』というよりも、『その行動や習慣自体は残っていて、行動の枝葉部分が変わり他社製品に購買が移ってしまった』と考えるほうが妥当だということです。そのような場合、小手先の復帰施策を行うよりも、顧客の行動習慣が変わった商品側の原因の解消方法を考えるのが、筋の良いアプローチと言えます」(松本氏)

組織としてデータについて会話できる状態にすることが理想

 最後のトピックは、「意味のあるデータ分析が組織としてできる状態まで持っていくために必要なこと」である。正しい分析手法を理解することだけでなく、適切な効果が出る施策の考え方をインストールすること。その両面を“組織として”できる状態になることが、組織に求められることだ。

 「単にデータを集めて何かしらのアウトプットを出すだけなら、3ヵ月くらいである程度可能だと思います。ただ、本当に質のいい効果量が出せて、きちんと解釈ができるレベルまで持っていくためには、データ基盤を入れ、データを集められる状態にするというシステム的側面、それを使って分析・解釈していくチーム作りの側面が欠かせません。これを0から実現するには、少なくても1年~1年半くらいの時間は必要だと考えています」(松本氏)

 データがシステムの中に蓄積されているだけの状態と、本当に分析に使える状態のデータには隔たりがある。そこを埋めるにはチームメンバーのデータ活用に関わるスキルセットとデータの蓄積、加工、および分析環境の両面を整える必要がある。

 松本氏は最後に、今回紹介した重要ポイントをまとめ、セッションを締めくくった。

 「顧客の行動分析においては、時間の前後推移を見ることがまず大きなポイントです。行動変容については、生活者視点、行動心理学的視点を忘れずに解釈する必要があります。そして、そのような施策・分析を回すためのチーム、環境作りは不可欠です。弊社では、アウトプットを見越したデータ基盤の構築から施策フェーズのコンサルティング、分析までを支援しておりますので、お悩みや課題がある場合はお気軽にご相談ください」(松本氏)

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この記事の著者

落合 真彩(オチアイ マアヤ)

教育系企業を経て、2016年よりフリーランスのライターに。Webメディアから紙書籍まで媒体問わず、マーケティング、広報、テクノロジー、経営者インタビューなど、ビジネス領域を中心に幅広く執筆。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

提供:インキュデータ株式会社

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2024/05/08 10:00 https://markezine.jp/article/detail/45326