顧客をひとくくりに捉えると、提案がぼんやりする
西口:まずは「マス思考」について説明しますね。私がいう「マス思考」とは、顧客を「大勢のひとかたまり」と捉え、平均化した意見やニーズに基づいてビジネスを進める思考のことです。そうすると、提案が凡庸になりがちで、顧客が大きく心を動かすようなプロダクトや施策につなげにくいのです。
以前の回で説明しましたが、友人3人に手料理を振る舞うのも、吉永さんと同期の方が2人とも喜んでくれる贈り物を考えるのも(第8回)難しかったですよね。架空のペルソナを私が推奨しないことも(第9回)、すべて理由は同じで、平均にはあまり意味がないからです。
2人や3人ではマスとはいわないものの、2人でも1万人でも「複数の人を平均的に捉える」点では、根幹にあるのはマス思考です。
MZ:確かに自分が対象者になってみると、私と同期のたった2人でも、平均的に捉えられると提案の選択肢がぼんやりすると感じました。つまりマス思考とは、顧客を一人ひとりではなく「マス」として考える、ということですか?
西口:はい。本来は多種多様な趣味趣向を持っている異なる多数の顧客を、大きな集団として捉えて「こういう提案や施策が受け入れられるだろう」と考えていくと、どうしてもぼんやりしてしまうのです。
顧客にすごく気に入ってもらい、あまり価格に左右されずに買い続けてもらうには、強く心をつかむプロダクトが必要です。そこで、大勢の平均ではなく、まず一人を深掘りし、強く心が動くことを探ります。その人が認める価値をブラッシュアップして提案することで、同じように「価値」と感じてくれる人が多く出てくるのです。
マス思考とマスマーケティングは違う
MZ:「マス思考」と聞くと、マスマーケティングやマスメディアが想起されるのですが、それらとは違うのですか?
西口:よく質問されるのですが、マス思考は大勢の人に対して大量生産・大量販売するマスマーケティングという「手法」や、その一つの「媒体」であるマスメディアとは違います。
たとえば、マスメディアの代表といえるテレビCMは、今でもプロダクトの性質によっては効果を発揮します。典型は、同じ価値を見出す顧客が複数いて、総和すると大勢になるようなプロダクトの場合ですね。マクドナルドやカップヌードル、ポカリスエットといった顧客群が幅広い商品では、テレビCMは効率的です。
ただしテレビCMを活用する場合も、顧客を最初から「マス」と決めつけ捉えていると投資の無駄になってしまいます。さらに10年前や20年前に比べれば、マスメディアでリーチできる人の数は減っています。今は生活者の多様化・分散化が進んでいるので、昔よりも一層「誰にどんな提案が受け入れられそうか」をよく考えないといけないと思います。
MZ:今は、というと、昔は顧客を「マス」と捉えても成果を得られたのでしょうか?
西口:おっしゃる通り、昔は顧客を「マス」と捉えて差し支えなかった、というよりそれがいちばん効率的だったと思います。モノがそこまで豊富でなかった時代、自分が欲しいものは隣の人も欲しい、その逆もしかりで、企業はそこまで一人を掘り下げる必要がありませんでした。