テレビはどう生き残るか~鍵を握る「インプレッション取引」を成功させる仕組みとは~
─ テレビCMセールスに迫る変革の時。「GRP取引」から「インプレッション取引」へ
─ GRP取引が持つ課題とは。テレビの本当の価値を「質と量」で捉え直す
─ テレビCMの価値を再定義するために不可欠なのは、デジタル広告と同様の「ターゲットCPM」
─ 「インプレッション取引」でテレビ局のスポットCM収入はどう変わるか。総収入試算と仕組みへの課題
─ テレビCMの「インプレッション取引」を成功させるためのアイデアと仕組み
─ 「インプレッション取引」と「GRP取引」の共存で局収入は最大化する
─ 「インプレッション取引」の導入は広告主から急かすべき?広告主視点でテレビCMセールスの変革を考える(本記事)
今さら「テレビCMの新たな取引基準」は受け入れられるのか?
前回はいくつかの検証により、インプレッション取引とGRP取引が共存することでテレビ局の広告収入は最大化できると述べました。
とはいえ、インプレッション取引するCM枠とGRP取引するCM枠を最初から完全に二つに分けてしまうと、新たな取引基準も上手く機能しないことが考えられます。
当然、GRP取引には平均CPMよりも高い取引もあれば、安い取引も混在しています。インプレッション取引で収入がアップしても、GRP取引分の平均CPMが今よりも下がってしまっては元も子もありません。
新規広告主には新たな取引基準を理解して買ってもらえれば問題ないのですが、既存広告主においては「インプレッション取引の導入」に納得してもらう必要があります。
筆者はCM量に上限があるテレビCMにおいて、「たくさん(バルクで)買ってもらうから安くする」という商習慣は考え直すべきだと常々思っています。しかし、それはその取引形態を認許し、%コストによる管理を行い、テレビ広告業界を長く支えてきた広告主にとっては簡単にうなずけるものでもないでしょう。
「もう地上波のテレビCMは今までのままでいいじゃないか。新しいことはCTV広告でやろうよ」との意見も少なくないだろうと想像します。
たしかに常にテレビが主、デジタルは従だった時は過ぎ、その立場は逆転しようとしています。しかしテレビCMより数倍も高額なCTV広告を、今までと同じような量を買う訳にもいかないはずです。これまでデジタル側に求めた以上に、今度はテレビCMに補完リーチを求めることになります。
デジタル側はフリークエンシーキャップが効きますが、テレビCMは効きません。過多にならないようにバイイングでコントロールする必要があります。また複数メディアでの重複リーチが認知や購入意向をより高めることもわかっています。
従となるテレビCMは「大量に安く」から「適量を効率的に」へ変化していかねばなりません。そうなればミドルファネルでの新たな活用法も出てきます。
では、インプレッション取引は既存広告主にとってもメリットがあるのか? 連載最終回となる今回は、広告主視点でインプレッション取引を考えてみます。
時間帯ゾーンの効率改善だけでは限界がある
「テレビCMはターゲティングができない」とよく言われますが、全くできない訳でもありません。時間帯ゾーンを絞ることなどは、ターゲティング手法のひとつです。たとえばMF1やMF1-2にターゲットを持つ広告主は「全日」でなく「コの字」などでスポットを発注することでターゲット効率の改善を図ります。
図表1は、総インプレッション数に対するMF1-2のインプレッション比率のヒートマップです。全日の場合、MF1-2比率の平均は27.8%となっています(図表1左)。この平均を上回ると青、下回ると赤がそれぞれ濃くなっていきますので曜日/時間帯毎に効率の良し悪しが一目で確認できます。
そこで広告主は全日ではなくコの字でターゲット比率を高めます。一例ですが、平日5時台と11~18時台、土曜日5~7時台、日曜日5~9時台をスポットの発注対象から除外します。するとMF1-2比率の平均は33.1%に上昇します(図表1右)。しかし、その差は+5.3pに留まります。
ちなみにMF1で見ても平均10.6%(全日)のターゲット比率は13.8%(コの字)、+3.2p程度までしか改善しません(※1)。
(※1)MF1向け「コの字」は平日5~7時台と11~18時台、土曜日5~7時台、日曜日5~9時台を除外
どうやら、この時間帯ゾーンによる効率改善には限界がありそうです。その理由はターゲット比率をCM本数のヒストグラムにしてみるとよくわかります(図表2左)。
全日発注のMF1-2比率では、平均値がある26〜30%階級以下にCM本数全体の約7割が含まれています。そこでコの字発注によって改善を図りますが、半数はまだその階級以下となってしまいます。もちろん20%強の低効率のCM枠を排除することはできています。しかし結果的には、ターゲット効率を大きく改善することは難しいということです。
というのも、広告主はターゲット比率を上げるために%コストがいく分か上昇してもスポット発注の時間帯ゾーンを狭くすることを選択する訳ですが、残るCM枠にもMF1-2の比率を上げられないCM本数がまだ十分に残っています。局としては「いいとこ取りされない」ように様々なMF1-2比率のCM枠を混在させた作案を行うことでそれを回避しようとするからです。
ただ、これは局側もできるだけ多くの広告主に「ある程度納得してもらえる作案をする」ためにはいたし方ないことでしょう。局関係者に話を聞く限り、現状で最善は尽くされているように感じます。広告主は%コストをおいそれとは上げてくれませんし、現在のGRP取引にはテレビCMの価値を今以上に上げていく手立てがありません。
総量評価によるインプレッション取引であれば、それを根本から変えることができます。理由はtotalTCPMとターゲット比率は高い相関関係にあるからです(図表3の右)。つまり局は「いいところをいい値段で買ってもらう」、広告主は「CM単価は上がってもターゲット効率も確実に改善する」ということです。無論限界はありますが、totalTCPMが高くなればなるほどターゲット比率は上昇していきます。
ただし、大量に買うと効率は徐々に悪くなっていきます。それぞれ効率のいいCM本数には上限がありますから「適量を効率的に」です。
また、totalTCPMがGRP取引の平均CPMを下割る場合は局収入も下がりますし、広告主から見てもターゲット比率が平均以下となりますから、それらのCM枠をそのtotalTCPMでわざわざインプレッション取引する必要はありません(図表2右)。局、広告主のどちらにも得がありません。
図表3でのTCPMはMF1=1,500円、MF2=1,000円です。この例では回帰式の決定係数(R2乗)は0.9859ですので、非常に信頼性の高いターゲット比率がtotalTCPMから予測できることになります。たとえばtotalTCPMが600円の場合、MF1-2のターゲット比率は約49.5%です。
インプレッション取引を導入することで、広告主は「欲しいターゲット比率を得るためにはいくら必要なのか?」が把握できるようになります。そして、それはテレビCMを含む広告キャンペーンの効果測定やビジネス成果指標への貢献度合いに直結させられるようになるでしょう。