(5)データの活用:IMPERIAL 「DE VUELTA A CASA(帰る場所へ)」

コスタリカでは、観光客が記念品として持ち帰ろうとした貝殻が、年間で6トンも没収されています。というのも、貝殻は海岸の浸食を防ぐ天然のバリアとして機能し、また小さな海洋生物の住み処にもなるなど、海岸の生態系を守る上で欠かせない存在であるからです。しかし、没収された貝殻を元の場所に戻すのは簡単ではありません。どのビーチから来たのかを特定するのが難しく、また誤った場所に戻すと、かえってその地域の生態系に悪影響を与える可能性があり、深刻な環境問題となっているのです。
この問題に対し、コスタリカの人気ビールブランド「インペリアル(Imperial)」は、環境保護キャンペーン「De vuelta a casa(帰る場所へ)」を立ち上げました。世界初となるAIを活用した貝殻識別システムを開発。スマートフォンのアプリを通じて貝殻の写真を撮ると、コスタリカの太平洋岸とカリブ海沿岸で収集された525種・18,500点以上の画像データベースと照合し、その貝殻がどのビーチに所属していたかを特定します。
この技術により、貝殻を正確かつ安全に元の場所へ戻すことが可能となり、これまでに36,000個以上の貝殻が本来の生息地に返還されました。観光と自然保護の両立を目指すコスタリカらしい、テクノロジーと環境意識が融合した先進的な取り組みとして、国内外で高く評価されています。
データを活用したPRキャンペーンは、今年のカンヌでも多く見られました。Equity Health Foundationは住んでいる居住地と平均寿命の相関性に注目し、カリキュレーターを提供することで、市民の健康に対する意識を高めました。またAsuniwa Associationによる「2531佐藤さん問題」(日本の夫婦同姓制度が続くと、約500年後には日本人全員が「佐藤」姓になる)の提唱などが注目を集めました。

データサイエンスへの関心は、PRの分野でも大きな潮流となっています。データを活用することで、世の中の注目を集める意外な事実を発見できるだけでなく、現実の課題に対する具体的で実用的な解決策を導き出すことも可能。こうした背景から、データ活用は今後のPRにおいてもますます重要な役割を担っていくと考えられます。
まとめ:審査を終えて
今回の記事では、今年のカンヌ審査員として世界中の事例に触れる中で、成功したPRキャンペーンに共通して見られたトレンドを、具体的な事例を踏まえ紹介しました。
1. リアルタイム性:
Tecate(船上バー)
Hellmann's(サンドイッチバッグ)
2. パーパス:
Skip(除雪デリバリー)
Volvo(横断歩道アート)
3. 文化理解:
Indian Railways(乗車券宝くじ)
DoorDash(リメイク)
4. 競合との差別化:
Victoria(競合ビール瓶リサイクル)
Wendy's(競合店舗横でアイスクリーム配布)
Heetech(競合の推薦)
Pizza Hut(ドミノ選手権スポンサーシップ)
5. データの活用:
Imperial(貝殻保護)
Equity Health Foundation(住所から寿命推測)
Asuniwa Association(日本の夫婦同姓制度問題の提唱)
多くのキャンペーンを見て感じたことは、PR領域の多様性と実践性の広がりです。この記事に取り上げた以外にも、AIやパーソナライゼーション、エシカル、プライバシー保護、ニッチなプラットフォームの活用など、ここでは書ききれないほどの多様なテーマがあり、PRの手法はかつてないほど多彩になっています。
その中で、単なる啓蒙活動にとどまらず、具体的なアクションへと結びつけている作品が多かった印象です。声を上げるだけでなく、社会との接点を持ち、共感を生み、具体的に行動を促す。そんな本質的な価値が、現在のPRの中核に据えられているのだと思いました。
このように、PRという領域は今、進化しながら広がり続けています。今後この分野がどのような変化を遂げ、どんな新しい価値を生み出していくのか。引き続き注目していきたいところです。