提供価値は何か?問い直し進み続ける電通クロスブレイン
MarkeZine編集部(以下MZ):はじめに、御社がどのようなミッションを持ち、どのような事業を展開してきたかをうかがえますか。
小野:電通クロスブレインは総合広告代理店である電通と、20年以上データ分析事業を行ってきたブレインパッドのジョイントベンチャーとして立ち上がった会社です。電通の企画構築力・企画実現力と、ブレインパッドのデータサイエンス力・分析力を融合させることを目指してきました。
データを用いて、仮説を検証したり、広告効果を評価・レポーティングするだけで終わらず、そもそもビジネスが方針や戦略通りになっていたのかを問い直し、「次に何を考え、何をすべきか」をクライアント企業様と共に議論しています。稀にクライアント企業様と同じ意見になりすぎて、新しい発見がご提供できない会議が続いてしまうようなこともありますが笑、多様な角度からの考察と、そこから導き出される示唆は何かを考え続けている会社です。
MZ:2026年1月より小野様が代表取締役 社長執行役員に就任されます。小野様のご経歴と、これからのミッションをお聞かせください。
小野:私は電通に入社後、メディア部門を経て外資系担当のストラテジープランニングユニットを経験しました。メディア部門では要望に対する効率的な具現化・推進力が求められましたが、プランニングユニットではクライアント企業様の課題からどのような議論や方針策定が必要かを考える思考が求められるようになりました。この両者の経験が今も自分の中にあります。
次期代表取締役 社長執行役員としてのミッションは、創業5年間で示してきた実績を土台に、テクノロジーの進化やクライアント企業様の内部・外部の環境変化を捉えた上で、提供価値をシャープにすることです。同時に、生活者の変化を時代観をもって捉え直し、新しい提供価値を考え続けて具現化、実践し創出する。この両輪を力強く回していくことが必要だと考えています。
データを扱うスキルと企む力の融合で積み上げる「伴走型支援」
MZ:「データでマーケティングをアップデートし、社会を活性化させる」というミッションに対し、この5年間でどのような手応えを感じていますか?また、データ活用自体が一般化しつつある中で、御社の立ち位置も変わってきたのでしょうか。
小野:そうですね。創業期は、データを用いて施策検討にいかに議論の肉付けができるかを試すフェーズだったように捉えています。「データを使って何ができるのか」を探る大いなる挑戦の時期だったとも言えます。そこから状況は変わりました。クライアント企業様側で蓄積されてきた経験や勘に対して、企画の方向性を議論した上で、データで一定の立証を叶える機能を持つことを目指す我々がどう羽を持たせ、度胸を持った決断を後押しできるか。そんな視点で考える案件が増えています。
「こういう考察結果が出た」と報告するだけではなく、データを判断材料にさらに深く考える案件が増えており、弊社としてもデータを扱うハードスキルだけでなく、企む力の源泉としてのコンセプチュアルスキルを融合した価値提供が求められてきています。
MZ:具体的にどのようなケースで、そうした変化を感じますか。
小野:たとえば、方針を描く側の一定の正論と、その方針を実現に向けて検討する現場の事情論、双方の意見にデータを接着し、一つのモデルを作っていく場面です。当社ではシステム思考やシステムダイナミクスというアプローチで個別の分析を統合し、議論していく案件にチャレンジしています。プロジェクトの中で議論を続けていくと、方針を策定した理由や、現場判断の理由が文脈となって双方に共有されてくるのです。お互いが普段なかなか語り合わないことを私たちがプロジェクト期間を通じて“通訳”してつなげる。そういったケースは想像を超える実行計画になるケースもあり、参画していてやりがいがありますね。
それを支えているのは、データに真摯に向き合うマインド及びスキルと、常駐という形でクライアント企業様と席を並べ悩みに寄り添うスタンスです。その上でソリューションとして手立ても増やし続けている。事例などではクライアント企業様の置かれた環境を踏まえた議論が仕切れないと思いますが、データがあることで個者最適の方針が磨き込まれていく、そのようなことを大切にするスタンスが電通クロスブレインの強みの源泉だと考えています。
矮小化されるデータドリブンから、シナリオ構築を伴うデータサイエンスで価値創造へ
MZ:新しい価値の創造もミッションの一つとのことですが、電通クロスブレインならではの「新しい価値」をどう定義されていますか?
小野:新しい価値はこれから見出していくので、ここは私見ですが、現在「データドリブン」という言葉が持つ価値が矮小化されていると感じます。既存の枠組みに則った判断の半自動化、運用の最適化、A/Bテストの高速化等を指してデータドリブンということになっている。しかし、データは過去のクライアント企業様内で担当されていた方が頭をひねらせながら試行錯誤された結果ですから、データサイエンスとは「歴史から学ぶ」ということだと考えられます。その観点に立つと、データそのものだけでなく、その背景に存在していたであろう様々な試行錯誤の元となった目的やその時置かれていた環境や設定されていたゴールを想像することが重要だと捉えられると思います。それにより、単にデータを分析しデータ自体の傾向などを見る以上に、ご一緒するクライアント企業様のアイデアも膨らむと考えています。
新しいものの見方・捉え方をデータで示す
MZ:従来のロジカルシンキングや課題解決型のアプローチとは、どう異なるのでしょうか。小野さんが重視されている「新しいものの見方」について、具体的に教えてください。
小野:問題解決といったことばかりを探求していくと、得てして我々のようなクライアント企業様の業界に向き合って知見を溜めている企業は、何かしらの指摘はできるという構造でお仕事をすることになりがちです。完璧な状態でビジネスが推進されているということは弊社も含めてありませんので。その意味においては、お仕事をご一緒する方の意志やクライアント企業様で共有されるビジョンに立脚して機会を探りに行く議論をしていく必要があると思っています。そのときにはクライアント企業様に対し、新しいものの見方、捉え方を示すことは意識しています。

たとえば、私は40歳にもなりましたので、お寿司を食べるならたまにはカウンター寿司にも行きたいと感じます。ですが、まだ小さい双子がいる、かつ、フードデリバリーサービスも使えない郊外に住んでいますので、家族でお寿司を食べるとしたら回転寿司です。私自身の欲求ではなく「小さい子供がいる」という今のシチュエーション(状況)が行動原理になっているわけで、大変回転寿司にはお世話になってますし、頭が上がりません笑。このような、「単なる性年代といった属性ではなくシチュエーション(状況)に依存する」という捉え方を持ってお客様一人ひとりと向き合うことが、非常に重要ではないかという議論をさせてもらっています。
ものの捉え方が変わることで、データの見方も変わるので、もちろん考察も変わりますし示唆も変わってきます。新しいものの捉え方を持つことはクライアント企業様にとってもインパクトがある議論になります。一方で、新しいことを取り入れるといった時にはお互いにわからないものをわからないままにせぬよう、分析スキルだけでなく解釈や疑問を言葉にして実際に聞いてみるようなコミュニケーションスキルといったソフトスキルも鍛えていくことが我々にも求められると思っています。
MZ:「How」の議論に終始するよりも、「Why」を問い直すことが重要になるということでしょうか。
小野:はい。今の時代に、これまでのようにブランド様の価値をロックした状態でHowだけを考えてしまうとできることが限られます。そうではなく、改めて自分たちが持つ魅力に向き合い直す。どこにクライアント企業様のお客様が買い続けたり使い続けたりする理由を見出しているのか、どこに、より再現性ある機会があるのか。データサイエンスは、そういった部分にこそ価値が出せると信じています。事実をいち早く発見するだけではなく、クリエイティブな人と協業することで創発する機能としてデータを使っていくことも重要です。そこにはこだわっていきたいと思います。
挑戦的な議論を仕掛けていく存在として
MZ:今うかがったビジョンを実現するために、どのような取り組みをしていくのでしょうか。
小野:プロジェクトにおいては、必ず私たちなりのシナリオを持って対話し、クライアント企業様だけでは出てこなかったであろう議論を誘発することにこだわる。そのマインドを大事にしていきたいです。データから堅実なことだけを言うのではなく、方向づけを持ってデータを見にいくことで、少し我々にとっても挑戦的な議論をしていきながらご一緒していくということです。
自社のこれまでの取り組みと、これからの議論では少し違うところにゴールがあるのだという感覚をクライアント企業様に持っていただく。そして「成功事例」や「正攻法」の定義も問い直して社内で広げて、新たな領域に飛び込んでいく人をロールモデルとしていくなどもしていけるといいと思っています。
電通クロスブレインは「変わる必要があるかどうか」を隣で共に考える
MZ:変革を求めている企業にとって、電通クロスブレインは心強いパートナーになりそうだと感じます。
小野:変革という言葉はよく使用されますが、実は積極的に変革したい人も企業も存在しないと思っています笑。なぜなら、現状に問題がないならば無理に変わる必要はないからです。一方で、「このまま維持しよう」と安易に考えていいわけでもありません。
外部環境が変わる中で、何をどこまで変えるべきかを見極めることが重要です。だからこそ当社は「変わる必要があるかを、一緒に見極める」という距離感を大切にしています。
外部から「これを変えた方がいい」と言うだけの存在ではなく、電通クロスブレインはクライアント企業様と一緒にプロジェクトを推進し、先方の思考のメカニズムを理解した上で「やっぱりこれは変えた方が良いんじゃないですか?」「今の成長を維持していくためには、裏側をこう変えなければならないですよね」と言える関係性を目指しています。大前提として何でもかんでも変えるアプローチをするのではなく、本当に変革が必要な人に変革の道筋とその検討幅をデータを添えながら示すことで向き合う。それが我々のような会社にとっての実直な姿勢だと思っています。
経験が生む「違和感」を理論とデータで裏付け、発展させる
MZ:ありがとうございます。変革の必要性を見極め、そこから道筋を示すというスタンスなのですね。そうした新しい価値を創造していくチームや、これから仲間になる方に対して、小野さんが特に期待することや、大切にしてほしいことはありますか?
小野:一人ひとりが抱く、違和感を大切にしてもらいたいと思っています。たとえば生成AIは同じプロンプトを投げたら大体同じことが返ってきます。その結果に対して、どんな疑問を持てるか、どんな議論の発展幅を持てるかは、それぞれの人が蓄積してきた考えや価値観によって変わります。だからこそ、「何か違うんじゃない?」という意見を面白がれる企業風土を作っていきたいと思います。
そして、この違和感を育てるアカデミックな知見も不可欠だと考えます。システム思考やサービスドミナントロジックといった理論に拠り所を持ちながら、それらの知見がデータの見方としてクライアント企業様に本当に適合するのかを、見に行けるようオプションとして持っておく。クライアント企業様や私たちの経験、学術理論、データという3つの循環を通して議論していくことで、属人化された経験から来るセンスや勘を超えた、社会への貢献の姿が創出できると思います。
MZ:貴社が目指す姿や、そこに至るまでの組織のあり方についてよく理解できました。最後に、未来のパートナーや仲間になる可能性のある方々へ、メッセージをお願いできますか。

小野:電通クロスブレインは今、第二創業期を迎えています。この記事を読んで、私たちが目指す「データ活用のその先」の価値創出に共感してくださった企業様とは、ぜひ協業を通して新しい事業の形を作っていきたいですね。そして、そのチャレンジングな環境で自らのキャリアを拓きたいと考えているマーケターやデータサイエンティストには、私たちの大切な仲間になってほしいと思っています。
「なぜ」を問い続け、変化を恐れず、共に進化していく。そんなパートナーや仲間との出会いを楽しみにしています。

