インターネットの普及とIT技術の進化によって、ビッグデータを蓄積できる環境が整い、マーケティング活用への準備は整いつつある。実際にDMPを用いてのビッグデータ解析を始めている企業も多いだろう。
この連載では今後マーケターがどのようにビッグデータを活用したらよいか、データサイエンティストの立場から具体的事例を交えて解説する。第1回目は事例紹介の前に把握しておくべきビッグデータ活用の現状と課題、今後の目指すべき方向性を解説する。
新たな課題
ビッグデータは、プロダクトの企画・開発・設計や、完成後の広告・宣伝・広報などの販売促進、さらには流通、マーチャンダイジング、営業、集客、接客、顧客の情報管理にいたるまで、マーケティング戦略の様々なフェーズにおいて、多岐にわたる活用が期待されている。
その中でも、広告におけるビッグデータの活用はネット広告配信を中心に2013年以降本格化し、オーディエンスデータを蓄積・分析するDMPなどのビッグデータソリューションが数多くリリースされた。これにより広告主・広告会社のマーケターは、ビッグデータを活用する環境を手に入れたものの、運用面での新たな課題に直面している。
通常、ビッグデータを活用した広告配信の第一フェーズとして行うことは、データの可視化・集計・セグメント作成だろう。これらは多くのDMPで標準的な機能として実装されている。しかし、DMPは言わばデータを蓄積・統合・整理するためのプラットフォームだ。広告配信を行う際に「どのオーディエンスをまとめてセグメント化したら良いのか」、そもそも「セグメント化の切り口はどうしたら良いか」といった具体的なアプローチ方法を提示してくれる訳ではない。
課題1:作業の煩雑化
説明したとおり広告配信対象となるセグメントは、マーケターが無数の切り口の中から作成しなければならない。例えば、ページAとページBに頻繁に訪れるユーザーのCVR(コンバージョンレート)が高い、という事実をデータ集計により見つけたとする。これを元にマーケターは「ページAを直近30日で10回以上訪問したユーザー」、「ページBを直近30日で10回以上訪問したユーザー」、「ページAを直近30日で10回以上訪問し、かつページBを同期間で10回以上訪問したユーザー」、の3つのセグメントを作成する。
これらのセグメントに広告配信を行い、結果を比較する。3つのセグメントでCVRに差があれば、その中で一番良いものに絞って配信する。差がでなければ、セグメント作成の条件を「ページAとページBを直近30日で15回以上訪問したユーザー」という風に新たに設定し直し、4つ目のセグメントとして配信する。この手順を良いセグメントが得られるまで繰り返す。
マーケターが1つのキャンペーンに集中することができるのであれば、この方法で十分かもしれない。しかし複数のキャンペーンを担当している場合、作業はとても大変なものになる。
課題2:見落としの発生
さらにこの方法では多くの場合、経験と勘を元にした判断をすることになる。先程の例では、マーケターはページAとページBの訪問頻度とCVRとの相関が高いと判断してセグメントの切り口にした。しかし、本当にこの2つのページのみで十分なのだろうか?単独で見るとCVRとの相関はないが、ページAと重複訪問しているとCVRが高くなるページCというものがあった時、それは見落とされてしまう。
このように人間がトライアンドエラーの繰り返しでセグメントを作成しようとすると、有効だが人間には見つけにくい切り口を見落とすという事態が起こる。
いま求められるのは「アナリティクスアプローチ」
オーディエンスデータが取得できなかった時代に扱ってきたデータは、媒体ごとの属性構成比や実績のCTR・CVR等の一覧程度で、利用場面もどの媒体を購入するかという意思決定に限られた。マーケターは過去に出稿実績のある媒体をいくつかリストアップしPVやCTRを降順にならべ、予算に従い購買すべき媒体を選定していく。媒体選定では作業の手戻りが発生する事もあるものの、オーディエンスに紐づいた情報ではないため、切り口も少なく作業が煩雑になることもなかった。
つまり、データが小さく切り口が少ない時代は、データ分析は人間が欲しい切り口でデータを可視化・要約するに留まり、知見発見や意思決定は人間が行う方法で問題なかった。しかしオーディエンスデータというビッグデータに対して、同じように人間が知見発見や意思決定をするアプローチを試みると、先に述べたような事態に陥る。
これらの事からビッグデータに対しては、従来のアプローチでは通用しない。人間に代わって知見発見を行い、意思決定を行ってくれるような別のアプローチが必要と考えられる。そこで我々は、データ可視化・要約に留まらず、アナリティクスに基づいた予測と最適化、機械による知見発見と意思決定を行うアプローチを提案する。このアプローチを従来のアプローチに対して本文中では「アナリティクスアプローチ」と呼ぶ。従来型との違いを掴むために、アナリティクスアプローチの特徴をまとめた。
アナリティクスアプローチは名前の通り、アナリティクスに基づいて最適化を行う。そのため、切り口を見落とすことなく判断や意思決定が可能だ。さらに、機械で処理することにより、高速化することができる。この点からアナリティクスアプローチはビッグデータの分析に適していると言える。さらに、このアプローチはビッグデータ活用レベルを決定する重要な考えだ。
次のページでは、今広告業界におけるビッグデータ活用の課題に対してアナリティクスアプローチが必要である理由を、ビッグデータの一般論を参考にしながら解説する。