変えるべきものを洗い出す
とはいえ、グローバルで事業を展開する同社ほどの大企業が、既存のビジネスモデルを大胆に転換するのが一筋縄ではいかないのは想像に難くない。どういった意志決定が必要だったのだろうか?
同社では当然、“この転換は私たちのすべての事業に影響があるだろうと考えていた”という。クラウドへ移行すると、製品開発や事業運営はもちろん、市場に進出する戦略、顧客体験など様々な項目ががらっと変わってくる。そのため、まず自分たちに対して“既存の仕組みや方法の何をどのように変えなければならないか”を問う必要があった。その点で部門横断的に合意した上で、それぞれで進めるべきロードマップを描き、密に連携を図りながら速やかに実行していったという。その結果、たとえば製品開発の観点だと、以前は新しい機能をリリースして提供するのに1年半〜2年ほどはかかっていたが、クラウドへ移行した今ではそのサイクルが数ヵ月単位に縮まった。“今では、2年などという時間は永遠にも感じられる”との見解に、同社自体のスピード感覚が急激に上がり、それがもはやスタンダードになったことがうかがえる。
ビジネスモデルの転換は、上場企業の場合はIR対応も極めて重要な項目になる。財務的な観点では、モデリングとテストを含めてどのような変化が起こるかを明らかにし、株主に説明した。当然ながら、実行初年度である2012年の決算は、売上が大幅に下がるという予測があったため、将来の見通しとともに一時的な落ち込みをあらかじめ伝えて理解を求めたという。
また、アナリストに対しては、サブスクリプション型へ移行した後のビジネスの健全性をどう図っていくか、その手法を共有した。以前のようにパッケージ販売売上を追求していたのと違い、年間経常利益(ARR=Annualized Recurring Revenue)やユーザーごとの収益などをAdobe Creative Cloud事業の拡大の指標にし、これらを伸ばすことに注力すると説明して、実際にそう転換していった。
関係を保てるよう価値を発信し続ける
前述のように、以前のパッケージ販売の時代でもグローバルで高い評判を誇り、一定の支持を得ていたアドビ製品。定額制への切り替えを発表した際、一般のユーザーからは反発もあったが、その魅力をどう伝えていったのだろうか?
単に「既存製品をクラウド化する」というだけでは、なかなか転換を理解してもらえないはずだ。そこで、まったく新たな顧客体験を提供し、その価値を周知する必要があった。それを見据えて、同社が採用したのは一時的な接触ではなく、顧客と中長期的な関係を築いてブランディングや販売促進を行う「オールウェイズ・オン」のマーケティング戦略だ。
クラウド化によって提供できる顧客体験とは、たとえば常に最新の機能を利用できることや、それを得るのがとてもスムーズであることなどだ。これらは、同社としても顧客に魅力的だと自負がある一方で、顧客満足が損なわれればいつでも簡単に契約を解除されるリスクがある。そうならないよう、常に一貫性を維持して顧客にCreative Cloudの価値を提供し続け、またそれが可能なモデルであることを伝え続けたという。
事実、定額制に切り替えてからの業績の伸びは目覚ましい。サブスクリプション型に移行してから、売上と株価は継続的に上昇している。直近の昨年12月に発表された2017年第4四半期決算では、収益が過去最高となる20億1000万ドル、前年同期比125%。通年の収益も過去最高の73億ドル、同じく前年比125%となった。また、前述したように事業の健全性を図る指標として経常利益を重視し、その状況も発表している。
この成果について同社会長、社長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏は、「当社の提供するソリューションがユーザーの方々の創造性を高め、企業のデジタルトランスフォーメーションを推進している。これらの市場をリードするソリューションが私たちの業績を牽引している」とコメントしている。また、CFOは2018年度の収益目標を上方修正する予定も明かし、「売上と利益の両面で目標達成することに自信がある」と述べている。

