企業や個人の信用が法定通貨に取って代わる現実
フェリックス・マーティン著『21世紀の貨幣論』(東洋経済新報社 2014年)によると、アイルランドでは、1970年5月1日、銀行システムがほぼ完全に停止し、銀行閉鎖に追い込まれた。
1969年に発生した高インフレのため、銀行と従業員の間での賃上げを巡る争議が行われ、結局、アイルランド銀行職員組合はストライキを実施し銀行業務がストップした。このときに、決済手段を担ったのは、じつは、公的マネーシステムではなく、企業や個人の小切手だった。つまり、企業や個人の信用が法定通貨(国家の信用)に取って代わったのだ。
銀行システムがストップしたので、小切手を銀行に持ち込んで現金化することができない。そのため、小切手は、個人または企業の借用書でしかなくなった。
「このシステムが機能するには、小切手の受取人が、支払人の小切手が不渡りで戻ってくることはないと信用して小切手を受け入れなければならない。しかも、銀行がいつ再開されるのか、小切手が現金化されるかどうかがいつわかるのか、まったく見通しが立たないなかでそうしなければならない」(『21世紀の貨幣論』より引用)
ここで重要なのは、どうやって個人の信用を担保したのか? という点だ。この点については、アイリッシュ・パブが大きな役割を果たしたようだ。
「特に大きかったのが、アイルランド社会を象徴する特徴であるアイリッシュ・パブの存在だ。(中略)アイルランドの場合は、地方でも、都市部でも、緊密なコミュニティが築かれているという強みがあった。取引をする相手がどのような人物かだいたいわかっているので、安心して信用力を判断できた。(中略)そこでアイルランドのパブや小さな店が真価を発揮する。そうした店がシステムの接合点(ノード)となり、小切手を集め、裏書きし、清算する代用銀行システムのような働きをしていたのだ。」(『21世紀の貨幣論』より引用)
ヒトとヒトの間をつなぐ信用の代わり(トークン)の誕生。それは、ここでは、ビットコインではなく小切手だったわけだ。
「アイルランドの銀行閉鎖が物語るように、信用を創造して清算するシステムは、公的に認められたものである必要はない。公的なシステムである銀行は7カ月近く営業を停止した。しかし、マネーは消滅しなかった。」(『21世紀の貨幣論』より引用)
ブロックチェーンでビットコインを作り上げたのは、実在が疑問視される、Satoshi Nakamoto氏だ。彼が書いた「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」を読むと、「a peer-to-peer network using proof-of-work to record a public history of transactions」によって、中央銀行がない自律分散型モデルを構築していることがわかる。
ビットコインの解説については多くの文献があるので、そちらに譲るが、中央でコントロールする存在がないのに、信用や信頼が担保できる仕組み(あるいは、参加者間の信用や信頼がそもそも必要ないシステムという解釈もある)を作り上げている。
Satoshi Nakamoto氏の功績は、アイリッシュ・パブのような信用を担保する緊密なコミュニティがなくても、1970年のアイルランドで起こったような「貨幣システムの創造」を技術的に可能にしたことだ。