データ・ドリブン・マーケティングを実践できている企業は少数
冒頭、皆瀬氏は、「Amazon社員の教科書」とも言われている、マーク・ジェフリー著『データ・ドリブン・マーケティング――最低限知っておくべき15の指標』(ダイヤモンド社、2017年4月)で紹介されていたデータを引用し、次のように語った。
「マーケティング施策をしっかり運用できている企業はまだまだ少数派のようです。同著では以下のようなデータが記載されていました」(皆瀬氏)
本によると、調査対象となった企業のうち過半数が、ABテストのような基本的な施策すらできておらず、データマーケティングを実施できる環境が整備されていない中でなんとか施策をこなしている状況にあるという。また同じく本の中で紹介されている予算配分に関する調査でも興味深い結果が出た。
「全体の傾向として、業績下位企業は、マーケティング予算のうち過半数を広告費に費やしていました。一方、業績上位企業は、広告よりもインフラやブランディング、CRMに投資している傾向にあったんです。当然、会社のフェーズによって注力するべき施策は異なります。新規立ち上げ時は広告に投下する必要もあるでしょう。しかし、継続的に広告に依存し続けるべきではないということが数値に出ています」(皆瀬氏)
「ビッグデータ」が持て囃されて久しいが、実際にデータを活用したマーケティングを実践できている企業はまだまだ少数派のようだ。ただ、データ・ドリブン・マーケティングはもはや多くの企業によって不可避の領域だ。
成果をトラッキングし、勘と経験を数値化する
2004年の創業以来、一貫してデータと向き合ってきたブレインパッドが考える、データ・ドリブン・マーケティングの基本概念はシンプルだ。
「データ・ドリブン・マーケティングの基本は、『成果をトラッキングしていくこと』に尽きます。データドリブンと聞くと、これまで属人化されてきた部分をすべて排除されるのでは、とイメージされる方がいるかもしれませんが、逆です。勘と経験を上手く数値化していくため施策なので、"勘と経験"と"データ"は、本来共存できるんです」(皆瀬氏)
データ・ドリブン・マーケティングと聞くと専門性が高く、難しそうに感じるかもしれないが、概念的には単純だ。データ・ドリブン・マーケティングは、平たく言うとポイントカードと同じように「ためて、つかう」だけだと皆瀬氏は語り、「ためる」と「つかう」にはそれぞれ3つのステップを内包していると述べた。
まずは、ERPやCRMを使ってデータを収集し、DWH(データウェアハウス)やDMPに蓄積していく。蓄積したデータは、マーケティングに活用できる形に加工する必要がある。ここまでが「ためる」フェーズだ。
「つかう」フェーズでは、まずBIなどを使ってデータを集計し、分析可能な状態に可視化する。そこから BA(ビジネスアナリティクス)でデータ分析を行い、MAなどを活用してマーケティング施策に落とし込んでいくというのが一般的な流れだ。今回のセッションでは、売上に直結する分析・施策フェーズをメインに解説した。
データの分析手法はざっくりいうと「2つ」だけ
分析の手法は大きくは2つに分類できる。「仮説検証型」と「仮説探索型」だ。仮説検証型の場合、分析の流れは「目的設定・仮説立て・データ分析・施策実施」となる。データ分析前に、状況を鑑みて仮説を立て、裏付けするために分析し、結果に基づいて施策を行う。
仮説を適切に設定すれば分析に要する時間はかなり短縮できるが、正しく仮説を立てるためには一定のスキルが必要だ。アナリスト自身のスキルや経験が問われるため、属人的になりやすい。スキルが高くても、主観によるバイアスが入る可能性もゼロではない。また、仮説を立証するため以外の情報は見ない場合が多く、貴重な気付きを見逃す可能性も高いという。
一方、仮説探索型は真逆のアプローチだ。目的を設定したら、まずデータ分析して、分析して見えてきた結果から仮説を立て、施策に落とし込む。
データを起点にするので、客観的な視点を持ちやすく、新たな気付きを得られやすい。一方で、膨大なデータを分析する必要があるため、仮説検証型に比べると時間がかかる場合が多い。
どちらも一長一短あるので、状況に合わせて選択すればいい。実際は2つをミックスして進める場合が多いという。
データ分析に取り組むとぶつかる3つの壁
あらゆる現場でデータ分析に取り組んできた皆瀬氏は、どんな企業でも、以下の3つの課題にぶつかりやすいという。
- 客観的に分析するには時間がかかる
- 課題設定や知見創出のスキルがいる
- 新たな気付きを得られない場合がある
前項と照らし合わせると。仮説検証型・仮説探索型それぞれのデメリットがそのまま課題に結びついていることがわかる。皆瀬氏は、解決手段として「機械学習を活用するべき」だと話す。
「機械学習を使えば、総当たりでの分析が可能なので短時間で結果が出ます。主観もほぼ排除されるので、担当者によるばらつきを抑えられるんです」(皆瀬氏)
機械学習を活用するにあたり1つ注意しなければいけないのは、あくまで「戦略」ではなく「戦術」の部分でのみ使うべきだということだ。
機械学習に戦略を任せてはいけない
「よく、戦略アドバイスを機械学習から出せるようにしてほしいとご要望いただくのですが、正直難しいと思います。データで測りえない、コントロールできない外部要因が多い傾向にあるからです。ミッションや戦略は人が、オペレーション部分となる戦術を最大化するためには機械学習を活用するのがベストでしょう」(皆瀬氏)
このような要望が挙がってくるのは、そもそも機械学習を正しく認識できていないからだろう。もちろん、なんでもできる魔法の杖ではない。機械学習の、統計学との違いは、この「予測できるかどうか」にある。
機械学習は「教師あり学習」「教師なし学習」「強化学習」の3タイプに分類でき、ビジネスの現場で最も使われるのは「教師あり学習」だ。人間が経験から学ぶように、機械にデータを取り込み、学ばせて判断(予測)を可能にする。たとえば、過去の売上データを学ばせれば、どういう人がいくら買いそうなのかを予測できるのだ。
スーパーを例により具体的に解説すると以下のようになる。
まずは会員IDや購入エリア、年齢、購入データを取り込み、顧客マーケティング予測テーブルを構築。そこから、顧客のステータスに合わせた施策を考える。
初めて購入した顧客に対して、購入から1ヵ月後に10%オフクーポンをアプリのプッシュ通知で配信するというように、「どのような顧客に」「何を」「いつ」「どのような手段で届けるのか」を決めていくのだ。
さらに、反応確率の高さでセグメントを切ることもできる。売上上位10%の人にだけクーポンを送ったり、反応率5%以上の会員のみにメルマガを配信したりするなど、施策はいくらでも考えられる。しかし、これらをすべて手動でやるのは工数的に現実的ではない。
そこを解決するのが、MAに代表されるオートメーションツールだ。機械学習で抽出された分析データとMAを組み合わせることで、ほぼ自動的に「最適なタイミングで」「最適な情報を」「最適な手段で」ユーザーに届けることができる。
「MAのメリットは、大量施策でもミスなくさばききれる点にあります。当然ですが、マーケティングを成功させるためには、施策の「量」と「質」を担保する必要があります。MA導入により施策を自動化させた結果、質はそのままに実行量が2倍になったとしましょう。そうなると、必然的に売上も伸びます」(皆瀬氏)
マーケティング施策は増えることはあっても、減ることはない
機械学習とMAを活用すれば、データ分析とマーケティング施策をスピーディー、大量にこなすことができる。単純作業も多く含まれる領域だけに、人間がやるより機械にやらせたほうが圧倒的に効率が良くなるのだ。
講演後半では、まさに機械の力を借りることでパフォーマンスや成果向上を実現した事例が2つ紹介された。まずはYahoo JAPANの事例。2,000万人を超える「Yahoo!プレミアム会員」に対して、一人ひとりのニーズに沿った特典やサービスを適切に提供したいが、担当部署側が依頼しても専門部署側は限られたマンバワーでの対応となるため、どうしても対応が遅くなっていたという。
そこで、担当部署側はツールを活用し、自分たちでやろうと判断。結果的にSAP Predictive Analyticsを導入し、機械学習を活用したところ、分析業務の短縮化に成功。作業工数を約55%削減(7人日分)できたという。
次に紹介されたのが高島屋オンラインストアの事例。百貨店オンラインストアという特性上「自分のためではなく誰かのため」、すなわちギフト用に購入するユーザーが非常に多いという。一方で当然自分用に購入するユーザーも一定割合は存在する。つまり、購入目的がそもそも違うユーザーが混在しているのだ。
たとえば、ギフト用にワインを購入したユーザーがワイン好きかどうかは正直わからない。そのユーザーに対して「あなたにおすすめのワイン」というレコメンドをしたとしても、成果にはつながらない。こうした課題の解決のため、ギフト用の学習データと自分用の学習データをわけ、MAを活用し目的の違うユーザーに対して最適なアプローチをしたところ、成果につながったという。
まずデータと向きあい、勘と経験を数値化。データ分析から自社の課題を明確にし、戦略を決めたら、オートメーションツールで戦術を最大化する具体例を事例を用いて示し、これがデータ・ドリブン・マーケティングのベストプラクティスだと皆瀬氏は主張した。
「データは使っても減らないし、使わないと価値が出ません。マーケティング施策も、増えることはあっても減ることはない。事業を成長させていくために、より多くのデータを活用し、より多くの施策を実行できる環境を構築しましょう」(皆瀬氏)