ラストクリックによる広告評価の弊害
――ネスレ日本さんの「ネスカフェ アンバサダー」は、Instagramへの広告配信にも積極的に取り組まれていますが、その背景を教えてください。
村岡:受容性の観点から、お客様が活用しているプラットフォームはできるだけ早く取り入れていこうという考えをもっています。Instagramは利用者数が圧倒的に増えていて、若い世代を中心に、「タグる」というタグを使った情報収集が浸透しているほどのプラットフォーム。コンタクトポイントとして非常に重視しています。
――Instagramでは動画広告も配信されているとうかがっています。
村岡:はい。デジタル広告の課題としてよく感じているのが、静止画では、認知や広告想起は取れても伝えられる情報量が少なく、Consideration(検討)に影響を与えるのが難しいということ。それを解決するひとつの方法が、情報量の多い動画だと思っています。
――今回、マーケティング・ミックス・モデリング(Marketing Mix Modeling:以下、MMM)を通じて、効果検証をされたとうかがっています。まず、実施前に抱えていた課題についてお聞かせください。
村岡:コンバージョンへの貢献を見極める代替指標としては、ラストクリックを採用するのが一般的だと思うのですが、それでは動画広告の適正な効果測定ができていないのではないかと感じていました。自身の行動を振り返ってみても、動画を見た直後にクリックして購入することはあまりないですよね。
そしてラストクリックのみに注目すると、どうしても検索広告やリターゲティングといった顕在層向けの施策に偏りがちなことも問題でした。潜在層へのアプローチにアクティビティが寄らなくなり、ファネルが先細ってしまうのです。
広告投資の余地を知ることも可能
――こうした課題を打破する方法の一つが、MMMということでしょうか。
村岡:はい。MMMは、オフライン広告もデジタル広告も含め多数のアプローチがある中で、各施策の貢献度を導くための手法で、一定期間に出稿していた広告に対しての貢献度を算出できます。この計測方法であれば、ラストクリックのような代替指標をベースにしなくても、売上への寄与について横並びの評価ができるのです。
さらに広告投資が過剰か、それとも余地があるのかを知ることもできるので、次のメディアプランニングに活かせるのも利点です。売上への貢献度が見えづらいテレビCMや動画なども、MMMで可視化することによって、最適な投資配分が考えられるようになります。
特にEコマースでは、テレビCMや動画広告への投資はCPAの観点で本当に難しいと思うのですが、効果が可視化できないことを理由にやらないのはもったいないので、当社では「ネスカフェ アンバサダー」について、2017~2019年のデータを用いて測定してみることにしました。
実施判断のポイントは“リードタイムとコスト”
――MMMを通じて、各広告の貢献度が正しく見えるようになるのですね。実施にあたってポイントとなることはありますか。
村岡:着手してからアウトプットデータが出るまでに、ある程度の時間がかかります。はじめに分析モデルを構築するために、すべてのデータを見ながらそれが正しいかどうかを判断した上で、実際に回して結果を出すので、通常は半年ほどかかります。しかし今回当社が活用したMMMでは、一度枠組みを作ってしまえばPDCAを回せるので、現在私たちは3、4ヵ月でアウトプットできるようになりました。
他には、調査費用も課題になるかもしれません。実施にあたっては、どのように社内理解を得るか、どのくらいのペースで取り組んでいくのかについて、各企業が考えていく必要があると思います。
私たちの場合は、Eコマースをスケールさせていくことを重視しており、正しい効果測定による意思決定をしようという意識が浸透していたために、 コンセンサスが取れました。また、MMMによる予算配分の最適化で今後得られるメリットと比較し、調査費用を十分にカバーできると判断しました。
――モデリングのためのデータ準備については、いかがでしたか。
村岡:確かにMMMを行う際には、場合によっては部署をまたいでデータを集める必要がありますが、日頃からしっかり集約できていれば、それほど時間はかからないと思います。私たちはPOSやコンバージョンデータは既にもっていたものを反映し、デジタルデータはBIに蓄積していたので、そこから引っ張ってきてくることができました。
「仮説は正しかった」結果に沿って予算配分を変更
――分析の結果と、それを踏まえて見えてきたことについて聞かせてください。
村岡:今回は各施策による「ネスカフェ アンバサダー」への申し込みに対しての貢献度、効率性、そして広告投資の余地の有無についてレポートを作成しました。
貢献度については、2017~2019年を通して、他のSNSと比べてFacebookとInstagramの数値が最も高く出ていました。ラストクリックで計測すると必ずしもそういった結果にはなりませんので、計測乖離が起きているという仮説は当たっていたことがわかりました。
また効率性(ROI)についても継続的に良い結果を残していて、たとえば2019年の1~3月期においては、他の主要プラットフォームと比較して約3~4倍高いことが明らかになりました。さらにデジタルの中で、結果的に過剰投資をしてしまっていた媒体があることも見えてきましたね。
――仮説の検証ができたのは、大きな前進ですね。
村岡:はい。今回はテスト実施の意味合いが大きかったのですが、今後も継続して実施していくことにしています。予算配分も、テレビCMやFacebook・Instagram広告にまだ投資余地があることがわかったので、今回の結果に応じて変更しました。
高パフォーマンスを支えた、広告の自動配置とは?
――MMMの結果について、他に印象的だった点はありましたか。
村岡:FacebookとInstagramの貢献度は、2019年から広告の自動配置を始めていたことで更に高まっています。Instagram単体での運用よりも、FacebookとInstagramの自動配置を活用した方が約4倍も貢献度が高かったのです。
自動配置とは?
Facebook、Instagram、Audience Network、Messengerの設定で利用できるすべての配信面に広告が掲載される仕組み。機械学習によって、広告目的に応じてより効率の高い出稿面に配信が最適化される。詳しくはこちら
――なるほど。こちらを活用しようと考えた理由は?
村岡:私も最初は、Facebook広告では配信面ごとに属性のセグメントやターゲティングを細かく設定していました。また、FacebookとInstagramでは利用層も異なるので、分けて運用したほうが良いと思っていました。
ですが、Facebookさんから「自動配置を使うと、23億人分のデータを最大活用して配信される」「モノの消費傾向は、必ずしも属性だけで区切れるわけではない。行動や態度が変わりそうな対象の共通項は機械学習が見つけてくれる」という説明を受け、まさにそうだなと納得しまして。思い切ってアルゴリズムに任せてみたところ、本当にその通りだったというわけでした。
きちんとデータを見ようとする人ほど、アルゴリズムに任せることを恐れるでしょうし、踏み込みにくいところです。しかし考えてみれば、ベースにしているデータ量が私たちとは比べものにならないほど多いので、思い切って走らせてみて、良いほうを採用すればいいと思います。
メディア掛け合わせの最適解を、さらに追求したい
――MMMの実施を踏まえて、課題として見えてきたことや、今後のお取り組みについて教えてください。
村岡:今回は「ネスカフェ アンバサダー」でMMMを行いましたが、今後は他のブランドでも実施していく予定です。その際には、店舗の売上にどのように貢献しているのかについても、分析したいと考えています。
この時代、単一のメディアだけに投資するということは、ほとんどないと思います。私たち広告主側が一番期待しているのは、複数のメディアを掛け合わせることによって、1+1が3にも4にもなってくれること。最適な組み合わせとは何かを、より詳しく把握したいのです。
Facebookさんは自社で提供している計測ツールを使いつつ、その他の媒体と横の比較ができるような形の調査にも取り組もうとされていますよね。こうした動きが、他のパブリッシャーさんにも広がっていくと良いと思います。
――適正なメディアミックスのためには、欠かせない視点ですね。
村岡:はい。さらに、それぞれの商材やメディアでは、どの時間帯やモーメントに訴求するのがもっとも効果が高いのか、ということも、より精緻に見ていきたいと思っています。広告を出すのは、朝、家に居る時間が良いのか、それとも移動中が良いのか……。きりがないかもしれませんが、このような細かい点まで追求し、効率の良い配信ができるようになると、広告に対する需要もより高まるのではないでしょうか。
――本日はありがとうございました。
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