アドテク業界への警鐘
さて、少し論点を変えてアドテクの話をしてみたい。今、アドテク業界では、CMP(Consent Management Platform)が、GDPRなどのデータ保護規制への対応策とされている。だが、たとえば、「人間の著作権(Human Copy Right)」を法的に整備することまで視野に入れた場合、私は、CMPの取り組みだけでは不十分であると考えている。なぜならば、実際には誰も読んでいないような利用規約の同意ボタンをユーザーに押させればいい、という安易な方向に流れているからだ。
この点については、ハーバード大学のローレンス・レッシグの主張が傾聴に値する。2019年夏に掲載された、MIT Technology Reviewのインタビューでレッシグは、持論を展開している。
「広告ビジネスというのはユーザーのデータをもとに、よりユーザーが購入者になりやすくなるように情報を変えて掲示するものです。情報を逃したくないというユーザーの不安を駆り立てることで、滞在時間をのばし、自身の情報をなるべくさらけ出してもらうことによって、広告をより正確で効果的にするという仕組みです。フェイスブックはまさにこのような構造を前提にしています。
私は、同意モデルに技術的な工夫をしていくよりも、もっと別の道に進むべきだと考えます。別の道というのは、許可すべきデータの用途、禁止すべきデータの用途、人々が判断すべきデータの用途とは何かをはっきりさせていくということです。そして個人が判断すべき領域はなるべく狭くしておくべきです。
出典 :「ローレンス・レッシグに聞く、データ駆動型社会のプライバシー規制」
まるでアドテク業界に警鐘を鳴らすかのごとく、同意モデル(Consent Management Platform)だけではダメだ、と切り捨てている。そして、「許可すべきデータの用途」「禁止すべきデータの用途」「人々が判断すべきデータの用途」を、それぞれはっきりさせていくべきだという主張だ。

彼の代表作、『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』で、レッシグは規制について四つの制約条件を挙げている。
「したがって、<中略> 規制する制約条件は四つある — 法、社会の規範、市場、アーキテクチャ。そしてこの点の『規制』はこの四つの制約条件の合計になる。どれか一つでも変えたら、全体の規制が変わる」(p157)
要するに、法律だけ変えればいいということではない。四つの制約条件をすべて見直し、全体の規制を考える必要がある訳だ。おそらく、私の解釈だが、GDPRという新しい法に表面的に従うという同意モデル(Consent Management Platform)だけでは、根本的な解決にならないということだ。
さらに、彼の『CODE』(原書)が世に出たのは1999年だが、その時点で、まるで2020年を予見するかのように、情報の財産とプライバシーの側面について論じている。
「私がここで支持しているアーキテクチャは、知的財産のときに疑問視したのと、基本的には同じアーキテクチャだ。どっちも情報の売買の方式だ。どっちも情報を『本物の』財産『みたいに』する。でも著作権の場合、わたしは完全に民間だけの財産方式に反対する議論をした。プライバシーでは、それを支持する議論をしている。」(p293)
レッシグが「人間の著作権(Human Copy Right)」について、財産とプライバシーの観点でどのような考えをもっているのかは、私の勉強不足でまだわからない。だが、昨年開催した「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2019 TOKYO」で、プライバシー保護とデータ活用について、レッシグはそのヒントになるような意見を述べている。
デジタルガレージ共同創業者でMITメディアラボの伊藤穰一所長(昨年6月24日時点の肩書)と慶應義塾大学の村井 純教授との3人のパネルディスカッションで、伊藤穰一氏が「インターネットの問題点を『あらゆる人をつなげてしまうこと』とし、世界には多様な文化があり、それぞれ異質なコミュニティであるにもかかわらず、プライバシーに関してはたった1つの価値観を提示しようとしている」と発言すると、それに対して、レッシグは「1つの価値観には同意はできないと思う。しかし、全体に善をもたらすためならよい、個人に害を及ぼす扱いは罰する、これについては合意できるのではないか」(参照)と発言した。
「1つの価値観には同意はできない」というのは、プライバシーは、グローバルに一律で法的規制はできないという意味だと思う。たとえば、アメリカ・EU・中国・日本のそれぞれで、プライバシーについて、法的に同意するのは困難だろう。しかし、「全体に善をもたらすためならよい、個人に害を及ぼす扱いは罰する」という原則的な考え方には、合意が取れるということではないか。
つまり、原理原則としては、全体に善をもたらし、個人に害を及ぼさないことであり、それぞれの多様な文化や異質なコミュニティにおいては、レッシグのいう四つの制約条件を考慮して、柔軟に制度設計するべきではないのか? 制約条件は先ほども書いたが、「法、社会の規範、市場、アーキテクチャ」の四つである。

 
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                
                                 
                                
                                 
              
            