長年EC業界に従事する識者が語る、ECの未来
押久保:コロナ禍で生活者の行動のデジタルシフトが進んだと言われています。そこで今回はEC業界で長く活躍されるZETAの山崎さんとシンクロの西井さんと一緒に、EC業界を取り巻く環境変化や話題のリテールメディアテックについて議論したいと考えています。
西井:シンクロ 代表の西井です。山崎さんとの出会いは10年以上前、私がドクターシーラボ社のデジタルマーケティングを担当していたころからの付き合いになり、いろいろ情報交換をさせていただいています。
山崎:EC業界で比較的大手の企業を多く支援してきたことが我々の共通点で、西井さんから「サイト内検索に関する良いツールがない」と悩むメーカーをご紹介いただいたこともあります。
西井:お互いに支援してる企業の共通点としては、モールに出店するのではなく自社でECに取り組んでいる企業が多いですね。特にサイト内検索にまで目を向けるとなると、比較的先行している企業が多いと思います。
「ECで買うか、店舗で買うか——それが問題」ではない?
押久保:長年デジタルマーケティング分野を見ていると、マーケティング領域のデジタル化は急速な勢いで進んでいるのに、なぜかEC化率は遅々として進まない傾向にある気がします。この状況について、どうお感じになりますか。
山崎:実はEC化率には数字の取り方に誤解を招く点があって、一般的に言われているEC化率の数字には、コロナ禍で市場が激減した旅行分野(航空券やホテル予約等)も含まれています。そのため、物販と旅行を分けているデータを見ると物販のEC化率の伸びが顕著に出ています。
西井:私が所属しているオイシックスでいうと、コロナ禍は新規のお客様を止めざるを得なかった状態でした。コロナ禍で急激に新規契約が増えて、供給する野菜が追いつかなくなったからです。
押久保:すると一般に捉えられているEC化率よりも、ECへの需要ははるかに伸びているわけですね。
山崎:そうです。むしろ、EC化率を意識している企業はもはや少ないと思います。私どものお客様では特にアパレルが多いのですが、EC化率よりもグループ全体の収益を重視しています。ただ、世間的に見るとやはり「ECか、ECでないか」という二項対立もあるとは思います。
西井:昔はネットで買ったほうが安いという、二項対立的に話される時代もありましたが、今は特に高額な何かを購入する時にはまずネットで情報を仕入れることがデフォルトになっています。その後、ネットで買うか店舗で買うかはどちらでもいい。それが今日の状況だと思います。
山崎:広告でいうと、近年は明らかにネット広告費が占める比率が上がっていますよね。これがそのままEC化率の実態でしょう。
つまり、最終的にネットと店舗のどちらで買うかよりも、カスタマージャーニーの中にデジタルが重要なパーツとして入っている事実のほうが重要だということです。デジタルで接触してデジタルで詳細を知り、買いたい気持ちが高まれば、最後に店舗で購入してもそれはほとんど「ECで購入した」ことになるのではないでしょうか。
サイト内リスティング広告は3rd Party Cookie規制へのソリューション
押久保:昨今、日本でもリテールメディアや、それを支えるリテールメディアテックへの注目が高まっています。これらがEC事業者のどのような課題を解決するのか教えてください。
山崎:まずリテールメディアとは、Amazonやウォルマートに代表されるように、小売りという「売り場」を持ちながら、そこに訪れるユーザーに対して広告を配信する「メディア」としての機能を持つECサイトです。この分野に使われる広告配信テクノロジーを総称して、リテールメディアテックと呼びます。
これらが注目されている背景の1つとして、3rd Party Cookie(以下、3PC)の規制があります。集客にリターゲティングを使いにくくなるので、商品を購入したい人たちが集まるリテールメディアにその商品の広告を出す、という戦略です。
西井:たとえばスポーツ用品のECサイトで、シューズを検索している人にまさにそのタイミングでシューズブランドが広告を出すことができれば、購買に結びつく可能性が高まるのは容易に想像できますよね。
山崎:しかも広告を出すのはスポーツ用品が運営するECサイトなので、ファーストパーティデータを使うことになり、3PCの規制は関係ありません。よって、リテールサイト内検索リスティング広告に勝る3PC対策はないと、私は考えています。
押久保::サイト内検索リスティング広告というと、たとえばどのような製品ですか?
山崎:私が社長を務めるサイジニアグループの、広告配信基盤が強いデクワスが提供する検索連動型広告ソリューション「デクワス.LISTING」などが挙げられます。そもそもリテールメディアに集まるのは特定の製品を買いたい人たちばかりなので、通常のリスティング広告よりもはるかに効果は高いと考えられます。その一方で、どうやって自社製品のエンゲージメントを高めてもらうかが課題となります。
西井:Amazonなどがわかりやすい例ですが、リテールメディアは横並びで様々なブランドやメーカーの製品を扱いますからね。だからこそ、EC内の検索リスティング広告は非常に有効な手段になるわけですね。
山崎:加えて、その前段階である「いかに自社のECに来てもらうか」も検討しないといけません。そこで私たちが考えているのが、ハッシュタグを活用してECサイト自体へ誘導する、というソリューションです。
ユーザーの口コミからハッシュタグを抽出し、独自LPを生成
押久保:なるほど。そのハッシュタグを活用したECサイト誘導について詳しく教えてください。
山崎:ハッシュタグは、InstagramやTwitterでよく見かけますよね。「#(ハッシュタグ)」の後に特定のキーワードを付けてつぶやくものです。
たとえばあるファッションECサイトでの口コミを見ると、商品レビューと共に「女性・30代・細め」や「女性・20代・背が高い」といったようなハッシュタグも一緒に投稿されています。そしてユーザーは商品を選ぶ時、口コミと共にこうしたハッシュタグで絞り込んで商品を検討しているわけです。
西井:実際、口コミレビューが1,000件あっても全部見るわけにはいきませんからね。自分と属性の近しいものを絞り込む必要があります。
山崎:その通りです。そこで考えたのが、商品説明や口コミからホットなキーワードを抽出してLPを自動生成する仕組みです。2022年7月に発表したハッシュタグ活用エンジン「ZETA HASHTAG」は、LPのURLにそのキーワードを入れることで、検索した時に絞り込みやすくするエンジンです。特徴として、そのLPにレビューが入ることが挙げられます。サイト内にレビューコンテンツを実装できるレビュー・口コミ・Q&Aエンジン「ZETA VOICE」を提供している点が、当社ならでは強みとなりました。
西井:ユーザーがわざわざハッシュタグを付けなくても、集まったレビューのUGCからハッシュタグ化していくということですね。
山崎:ロングテールの商品であればかなりのデータの蓄積があるので、おもしろいキーワードを抽出できると思いますよ。
レビューがパーソナライズ化される未来は近い
押久保:レビューからハッシュタグを抽出していくと、属性の幅が非常に広くなりますね。
山崎:たとえばゴルフクラブのドライバーにしても、「40代男性、アスリート、飛距離250Y、スコア80」と「20代女性、ゴルフ初心者、飛距離100Y、スコア130」が評価する商品はまったく異なりますよね。ECサイトに集まったレビューでホットキーワードを抽出してLPを作成し、購買意欲の高いユーザーを集客して、さらにECサイト内のリスティング広告でエンゲージメントを高める、という一連の流れを実現します。
西井:それができるのがデジタルの価値ですよね。それに、検索に使うキーワードはあくまで「検索用のワード」で、決して「自分にふさわしい商品」が出てくるわけではありませんから。
化粧水なら「20代、乾燥肌」などは検索ワードとして思いつきますが、そのワードで検索するよりも「20代でこういう肌悩みがあって、この商品を使うことでどう改善されたか」というレビューから抽出したほうが、「ガサガサ」「しっとり」「リピ決定」など検索では出てこないキーワードが得られると思います。「まさに私が欲しかったもの」という商品にうまくたどり着けるような導線作りは、とても大切です。
山崎:今後レビューはパーソナライズされていくと考えています。ECがどんどん消費者に入り込んでくる中で、大衆化するユーザー層にエンゲージメントしてもらうには、思い切ったアプローチが必要です。Googleのような検索エンジンと親和性の高い施策という点でもあり得る可能性だと思います。
押久保:Amazonも広告がすごく伸びていて、2021年の広告事業の売り上げは310億ドルという話を聞きました。ECサイトにおいても「買う場」から「メディア化」するという、ビジネスモデルが一気に変化したわけですね。
山崎:5年くらい前でしょうか、「ブランド直販でいいのではないか」というリテール不要論が出てきましたが、今はリテールの逆襲とも言えます。
西井:リテールサイトはメーカーと違って他社と同じ商品を取り扱うことが多く、価格競争になりやすいのでどうしても薄利多売になりがちだと思います。ところが規模の大きいリテールになると人が集まるため、メディア化すれば収益が上がります。実は顧客側にとっても、競合比較やレビューを確認できるリテールで購入したほうが利便性があるから、そこで広告収入も立つんですよね。
山崎:そうですね。リテールからすると「今後自分たち抜き、ブランドだけでユーザーにエンゲージメントできると思うなよ」というのが本音かもしれません。
認知のきっかけはUGC。ファン化を踏まえた商品設計が鍵
押久保:3PC規制など、EC業界を取り巻く環境は激変していますが、企業はどう対応していくべきでしょうか?
西井:実はオイシックスでは、3PC規制については意識していません。まずは体験してもらってリピートしてもらうことに主眼を置いているので、ほとんどリターゲティングを使っていないからです。
山崎:逆にブランドサイトとECサイトを別々に持っているような企業は、ブランドがリーチしたユーザーに対しECがリタゲで追いかけているので、致命的なダメージになりますよね。
西井:これは私なりの見解ですが、これまでのような広告による「認知」「リーチ」からお客様との関係が始まるという考え方自体が古いものだと考えています。認知した時に同時に体験できる状態を作ったり、他のお客様の声によって認知することで一気にお客様が買いたい気持ちになっているか、が重要だと思います。
つまり認知を広告だけで展開する時代から、UGCによるよい認知を獲得する時代へと変化しています。実際、オイシックスも数年前までテレビCMなどの認知広告は一切打っていませんでしたが、お客様からの口コミでよい認知が取れるようになりました。
ファンが集まれば自然にUGCが生まれます。だから「いかにファン化するか」を起点にプロダクトを設計することがとても大事になります。それができれば広告で認知を取る必要もなくなりますし、3PC規制の影響もほとんどありません。
山崎:ファン化を踏まえたプロダクト設計とは、結局のところカスタマーエクスペリエンスにつながると思います。
押久保:本日は非常に刺激的なお話を、ありがとうございました。
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