パーパスは「社会との約束」であり、企業の競争力の源泉になる
――パーパスについても、考えを聞かせてください。パーパスの大流行は、2022年マーケティング業界の一大トピックスだったと言えます。昨今のパーパストレンドをどのように見られていますか?
マーケティングやブランディングの文脈で使われるパーパスという言葉そのものは、昔から存在します。では、なぜ今になってみんなパーパスを意識し始めたのか? その背景には、グローバルで進むSDGsやESGの動きに後押しされ、事業単位ではなく企業単位としての価値をつくっていかなくてはならなくなった、という市場経済の変化があります。
もう少し言葉を補うと、採算の取れる事業だけに投資してただ利益を上げればよい、という経営手法が広く受け入れられる時代ではなくなりました。一つの事業を通して実現できることと、複数の事業を持つ“企業という塊”だからこそ果たせる存在意義は別物です。つまり、“企業という塊”で世の中に存在する価値をつくっていくために事業ポートフォリオを設計することが求められるようになったんですね。そして、パーパスはそれらの軸になるものです。
パーパスに限らず、経営のコンセプトは次々と登場します。どれを選択するかは、その企業にとってどれが一番有効かに尽きるでしょう。
パーパスのトレンド化については、個人的にはもう少しじわっと広がってほしかったな、と思います。流行は継続しませんし、失速する時期がやってきます。とはいえ、流行しなければパーパスを知ることがなかった人もいるでしょうし、パーパスについて考える良いきっかけになったことは事実です。
――パーパスブランディングに取り組んでいる、これから取り組もうとしている読者へアドバイスをいただけますか。
重要なのは、パーパスをいかにきれいにつくったかではなく、いかにパーパスを事業で実現したかです。パーパスは、どこかで取り組みを止められるテーマではなく、ずっと続けていかなければならないもの。パーパスを策定し、それに基づいた意思決定が行われ、企業としての在り方がどう変わったか?というところまで議論が進まなければ意味がありません。言葉遊びで留まらせてはならないのです。

また、パーパスは発信してこそ意味があると思っています。パーパスは、社会や生活者との約束です。日本の企業は「結果が出てから伝えよう」と考えがちですが、これからは有言実行型を目指すべきです。「私たちの企業の存在意義はこんなもので、その実現のためにこんな活動をしています」と発信して、レビューや現況を共有しながら、パーパスを軸に約束を果たしていく姿勢で取り組む。そこまでの覚悟を持った発信であってほしいです。その意味では、確信を持って掲げる世界へ向かっていきたいと思える存在意義にたどり着けるか、掲げたパーパスに自信を持てるかも重要でしょう。
パーパスの実現には時間がかかります。ですが、注目を集めている今だからこそ、私たちのような第三者も含めて、パーパスが日本企業の競争力へつながるところまで取り組むことが必要だと考えています。
生活者視点で「なぜブランドが大切なのか」の原点に立ち戻ろう
――おわりに、マーケターをはじめブランディングへ関わっていく人たちに、メッセージをお願いします。
ブランディングに取り組む上で、大切にしたいことが3つあります。1つ目は、ブランディングの方法論に入る前に、「なぜブランドが大切なのか?」という原点へ、常に立ち戻ることです。方法論から入ると、極端に言えばチェックボックスを埋めていくような作業になってしまいますし、チェックボックスを埋めるような取り組みは必ず失敗します。ブランディングにHow Toの正解はありません。原点に立ち戻った上で、適切なHow Toを考えてほしいです。
2つ目は、生活者視点でブランドの価値を考えることです。方法論やアカデミックな分野からブランドを考えると、「ブランドはこうである」のように、視野が狭い捉え方をしてしまいます。そうではなく、一人の生活者として「そのブランドは自分にとってどんな価値があるのか?」を常に考えることが重要です。すると、様々な接点からブランドの価値が感じられて、マーケティングだけでなく、企業のすべての部門でブランディングに取り組む必要があるということに実感を持ってたどり着くと思います。私は、アドバイザリーとして企業の経営トップとお話しするときも「どのブランドが好きですか? なぜ好きですか?」と聞きます。すると、みなさん生活者視点に戻って考えて、ハッとされるんです。企業として世の中でどんな存在意義を示したいのか、どんな約束を果たしていきたいのかを見せていかないと、生活者はブランドに価値を感じないのだと腹落ちされます。生活者視点に立ち戻ることには、とても大きな価値があります。
そして3つ目は、ブランドを宗教にしないこと。ブランディングには、“ブランド” というものを信じるか/信じないかのような世界があります。ブランドを信じる人はブランディングに取り組み、ブランドを信じない人は関心を持たない、というような分断があるように感じています。しかし、これはブランドの価値が可視化されていないから起こる事象です。まずはブランド価値を定量化し、ブランドは事業資産であるという共通認識を持つところから始めてみてはいかがでしょうか。