「プロダクトアイデア」と「コミュニケーションアイデア」
MZ:新しいスープだと思って食べてみたらおいしかったから、広がったのですね。
西口:その通りです。ただし重要なのは、単に顧客を振り向かせればいいのではなく、「おいしい」という便益がなければダメだということです。
連載の第4回で「価値の四象限」の話をしました。便益と独自性を兼ね備えているのが価値ですが、価値は顧客が見出すもので、企業が行えるのはあくまで提案です。この、価値になり得るかもしれない提案を「アイデア」と呼んでいます。
そしてアイデアには、プロダクト自体の提案性=「プロダクトアイデア」と、それをどう売るかというコミュニケーションの提案性=「コミュニケーションアイデア」があります。
この2つを分けて考え、まずプロダクトアイデアを強固にしないと、コミュニケーションで目を引いて運よく初回購買を実現できても、リピートされずに事業が続きません。
MZ:コミュニケーションというのは、先ほどの“ヌードル入りスープ”のようなメッセージの転換や、CMなど広告の表現を指していますか?
西口:そうですね。それらはすべて施策=HOWになります。つまりコミュニケーションアイデアとは届けるための提案で、HOWの工夫です。これにも便益と独自性があります。たとえば「見たことのない映像で、見ていて爽快感がある」CMは、コミュニケーションとして便益と独自性がありますね。
実際にそうした広告で注目を集め、ヒットに結びつくプロダクトもたくさんあります。一方で、広告は話題になったのに購買につながらないプロダクトもまた多いです。ネーミングやパッケージも同様です。

必ず「プロダクトアイデア」が優先
MZ:確かに、広告はおもしろいけれど買うかというとわからない、というのは“あるある”な気がします。何の商品だったかも覚えていない、というケースさえあります。
西口:吉永さんが対象顧客でないなら仕方ないですが、対象顧客なのにそうなってしまうと厳しいですよね。展開するコミュニケーションにプロダクトのアイデアが落とし込まれていないか、そもそもプロダクトアイデアがないかのどちらかが原因だと思います。
また先ほど述べた通り、試しに買ったとしてもプロダクトに満足しなければ、リピートにつながりません。それどころか悪い口コミが立ってしまったら、マイナスに働くリスクもありそうです。
ここ数年で優れたプロダクトアイデアで売れた印象的な例を挙げると、缶を開けると泡が立つ「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」や、アルコール分3.5%の「アサヒスーパードライ ドライクリスタル」ですね。どちらもプロダクトの便益と独自性がはっきりしていて、それを強く打ち出した広告で認知や商品理解を促していました。
他には、ユニクロも毎シーズンプロダクトの良さをしっかり見せています。アサヒビールもユニクロも有名なタレントの方々を起用していますが、決してそれだけが要因で売れているのではないとわかります。
MZ:すると、コミュニケーションアイデアだけで売れているプロダクトはない、ということでしょうか?
西口:その状態を長期に維持できるかどうかは別として、実際には、多くあります。コミュニケーションアイデアだけで売れるのは、プロダクトがコモディティ化して競合と差別化しにくい市場に多く、そのような市場は価格競争や顧客の奪い合いに陥りやすいです。やはり価値を見出してもらえるWHOとWHATの関係を踏まえて、プロダクトの便益と独自性を磨くことを目指すべきだと思います。