小売販売額のうち約半分のデータを捕捉
実購買データを基にしたマーケティングサポートを行うカタリナマーケティングジャパン。今年の7月に設立25周年を迎えたばかりだ。同社で取締役副社長とCOOを兼務する松田伊三雄氏は、国内大手飲料メーカーや外資系フードメーカー、グローバルのエンタメ企業などでキャリアを積んだのち、2019年に同社へジョインした。
松田氏はまず、本セッションのタイトルに「戦略ごっこ」を含んだ意図から説明する。この言葉を提唱するマーケティングサイエンティストの芹澤連氏と同社は、2024年より協業関係にあるという。
「エビデンス、すなわち事実に基づく知識に根差したマーケティングを浸透させる目的で、芹澤さんとの協業をスタートしました。マーケターの皆様が業務で試練に直面した際、つい成功事例からヒントを得ようとしがちですが、本セッションではデータという事実に目を向けながら、皆様に“使える”選択肢を提示したいと思います」(松田氏)
松田氏が選択肢の根拠とするデータはどのようなものなのか。カタリナマーケティングジャパンでは、大規模なリテールメディアネットワークを運営している。ここで80社近い小売企業から集積している年間12兆円規模の実購買データが、同社の示すエビデンスの源流だ。
「実購買データの規模は、額にすると年間12兆円です。日本国内のスーパー、GMS、ドラッグストアの推計販売額が年間22兆円ですから(出典:経済産業省 経済解析室『2022年小売業販売を振り返る』2023年4月)、約6割のデータを当社が捕捉していると言えます」(松田氏)
メジャービールブランドでも65%のユーザーが半年で離脱
松田氏はここから、ビールカテゴリーにおける購買の原理原則を、自社のデータとともに解説する。カタリナマーケティングジャパンのネットワーク上では、メジャーブランドAを扱う店舗の総来店者数(2024年上半期)が約5,700万人、そのうち「ビール類」と呼ばれる商品を買っている人が約1,200万人、そのうちメジャーブランドAを購入している人は約300万人だったという。
「メジャーブランドですら、総来店者における浸透率は5.3%なのです。ビール類購買者の中でも、4分の1程度にしか買われていないことがわかります」(松田氏)
では、新規購買率はどうか。カタリナマーケティングジャパンのネットワーク上では、全来店者のうちメジャーブランドAの新規購買者は1.9%、アルコール類購買者のうち4.4%、ビール類購買者の中では5.6%だったという。
松田氏はさらに、メジャーブランドAのユーザーが半年でどの程度離脱しているかも解析。その結果、65%ものユーザーが離脱しているとわかったそうだ。
マーケティングでよく用いられるパレートの法則(2:8の法則)も「実購買データで示せる」と松田氏。ビールカテゴリー購買者のうち、購買額の上位20%にあたる人たちが、売上の73.8%を構成していたそうだ。メジャーブランドAに範囲を絞っても同様の傾向が見られたという。
「ここまでの話をまとめましょう。メジャーブランドAの購買者は約300万人で、半年後には約65%、つまり約197万人のユーザーがいなくなります。パレートの法則に則って計算すると、約60万人が売上の約80%を構成している状況です。自然に発生する新規購買者は総来店者の約1.9%、すなわち約109万人しかいません。マーケティングを実行するにあたり、このような数値を基本知識として念頭に置くのと置かないのとでは、戦略が大きく異なるはずです」(松田氏)
単にGRPだけを増やしても購買は増えない!テレビCMの不都合な真実
話題はビールカテゴリーにおける購買の原理原則から、テレビCMと売上の相関に移る。認知獲得に効くとされるテレビCMだが、獲得した認知は売上や利益にどれほどつながっているのか。「この問いに対して根拠を示しつつ答えられない場合は、戦略ごっこ・マーケティングごっこの域に留まっている」と松田氏は指摘する。
データは時に、不都合な真実を浮かび上がらせる。松田氏が紹介する、某飲料メーカーがチューハイ他カテゴリーで新商品Aを発売した際の例は、テレビCMに出稿する多くのマーケターにとって不都合な真実と言えるかもしれない。
新商品Aは、新しいカテゴリーを創造するブランドとして立ち上がった。メーカーにはテレビCMを活用して、浸透率および新規購買者数を上げる狙いがあったそうだ。約1ヵ月で1,000GRP、金額にして約1.5億円を投資したものの、新規購買者数が増えることはなかったという。
松田氏は「広告反応関数」の観点でもテレビCMと購買者数の相関を検証。次の図がその結果を示したグラフだ。
「売上の大きいメジャーブランドという前提条件はありますが、テレビCMの月間GRPが3,000の場合と5,000の場合では、月間購買者数に大きな開きが生じます。一方、点線で囲った範囲(グラフの左下)を見ると、月間GRPに月間購買者数が比例していません。このような関数を理解できていなければ、テレビCMの投下量を決める根拠に欠けてしまうのです」(松田氏)
「テレビCMは新規購買者数の増加につながらない場合がある」という不都合な真実がデータを以て示されたわけだが、松田氏曰く「テレビCMにあるものをミックスすると、新規購買者数を劇的に増やすことができる」とのこと。それがリテールメディアだ。
「テレビCM単体でコミュニケーションを展開した結果と、テレビCM+リテールメディアを組み合わせた結果を比較すると、メディアミックスした場合の月間新規購買者数が1.7倍も多かったのです。GRP、コスト、獲得効率、10万人獲得までに要した期間はメディアミックスのほうが大幅に低く少なく、コスパとタイパの高さが見てとれます」(松田氏)
テレビCM×リテールメディアは獲得顧客の“質”も担保
テレビCMの効果を最大化するリテールメディアとは、具体的にどのようなものなのか。松田氏によると、リテールメディアは次の図に示された三つのタッチポイントを含んでいる。
YouTubeやLINEのほか、小売企業のECサイトおよび店頭のサイネージといったチャネルに対し、小売企業が保有する1st Partyデータ(ID-POSデータのような実購買データ)を用いながら、広告を配信する仕組みだ。
「リテールメディア最大の強みは、小売企業が保有する1st Partyデータを活用できる点にあります。これを最大限活用すると、ユーザーの実態を細やかに認識できる上、LTVが高い傾向にあると実証されているユーザーに、狙いを定めてリーチおよび獲得することができるためです。広告効果も実売ベースで検証できます」(松田氏)
テレビCMとリテールメディアの組み合わせで効率良く新規購買者を獲得できることはわかったが、果たして獲得した購買者の“質”はどうか。松田氏はその疑問に答えるべく、先ほど「テレビCMの不都合な真実」で例に挙がったチューハイ他カテゴリーの新商品Aを再び例示する。
テレビCMだけでは新規購買者数が伸びなかった新商品Aだったが、カタリナマーケティングジャパンが運営する各種リテールメディアを介することで、新規購買者数が増えた。さらにリテールメディア経由で獲得した新規購買者のうち、67%をLTVの高い顧客が占める結果となったそうだ。まさに量と質のいずれも叶える理想形と言える。
「マーケターの皆様は、獲得したい顧客、つまり戦略ターゲットを定義しているはずです。新商品Aの場合は『直近1年間でチューハイやビールを数多く飲んでいるが、新商品Aを焼く3ヵ月間購買していない人』が戦略ターゲットでした。テレビCMとリテールメディアを組み合わせる以前は、この定義に当てはまる新規購買者が43%しかいなかったため、67%は非常に価値のある数値と言えます」(松田氏)
「リーチの量と顧客の質」トレードオフ問題を解消可能
戦略ターゲットを定義してリテールメディアで対象を絞ると、そうしない場合に比べてリーチ数は当然減る。「質を求めた結果、量が不足して獲得顧客数も伸びないのではないか」という疑問に対し、松田氏は芹澤氏の著書『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』(日経BP)の内容を引用しつつ回答する。
同書では「ターゲティング施策が非ターゲティング施策と同じ利益を出すために、パフォーマンスをどれほど向上させる必要があるか」が解説されている。芹澤氏によると、ターゲティング施策でリーチが50%減る場合、非ターゲティング施策と同程度の利益を生むためには、約1.8倍の広告効果を出す必要があるそうだ。
「左の図は、セッションの前半に示したビールカテゴリーの浸透率(上)と、同カテゴリーにおけるパレートの法則を示した図(下)です。二つの図から、市場顧客の約4%がビールカテゴリーの売上の7割を創出していることがわかります。つまり、そもそもターゲットが非常に絞られているというわけです」(松田氏)
「ターゲティング施策は広告効果をマス施策の約1.8倍出す必要がある」「ターゲットは絞られている」この2点を踏まえ、機能系ビールのプロモーションでメディアミックスを行ったところ、次のような結果に至ったという。
テレビCMと営業活動、すなわち非ターゲティング施策に起因する新規購買率(2.9%)に対し、メディアミックスした場合の新規購買率(11.8%)は4.1倍も伸長している。「約1.8倍」と示された指標を大きく上回る数値だ。
日本のリテールメディアが抱える課題
リテールメディアが米国を中心に盛り上がりを見せていることは多くのマーケターの知るところだろう。米国ではウォルマートとアマゾンを筆頭に、圧倒的な購買データ量でリテールメディアとしてのクオリティを担保している現状だ。尚且つ分析の高度化も進んでいるため、アウトプットの質も高いという。
一方「日本におけるリテールメディアの多くは、購買データ量と広告効果の両面で苦戦している」と松田氏。リテールメディアの取り組みが小売企業各社に閉じているため、データの量やアウトプットのレベルが小売企業によって異なり、広告主側の効果検証が非常に困難なようだ。
「カタリナマーケティングジャパンが運営するリテールメディアネットワークでは、日本国内の小売企業各社が保有するリテールメディアをネットワーク化しています。そのため、データ量/アウトプットの質ともに米国型のリテールメディアを再現できているのです」(松田氏)
松田氏は本セッションの総括として、二つのポイントを挙げる。第一のポイントは「商売の法則を理解する」だ。前半に示された購買の原理原則から、自社のブランドを支えている顧客は想像以上に少ないことがわかっただろう。「データを基にカテゴリーの構造を注視する習慣を身に付け、商いの原理原則をインプットしましょう」と松田氏は語る。
第二のポイントは「認知を無駄にしないメディア戦略を構築する」だ。テレビCMのGRPだけを増やしても、購買者数が比例しなかったグラフを思い出してみよう。
「『認知量=実行動数』の思い込みから脱却し、広告反応関数のパターンを理解しながらリテールメディアをミックスすることで、認知を無駄にしないメディア戦略が実現可能です」(松田氏)
最後に松田氏は「自社ブランドの実態やリテールメディアによる課題解決、具体的効果など、これらの内容を含めたご提案に興味のある方は、ぜひ気軽に問い合わせてほしい」と語り、セッションを締めくくった。