「プロパティー・パートナー・モデル」3つの形成要因
プロパティー・パートナー・モデルでは、ブランド・リレーションシップの形成要因として、「ブランドの自己表現性」「並ぶ関係」「ブランド・セイリエンス」の3つを想定しています。
(1)ブランドの自己表現性
たいがいの人は、自分について好ましいイメージをもっています。優秀なビジネスパーソン、洗練された都市型生活者、優しい母親、自由を愛する人、といった具合です。そして、こうした好ましい自己イメージを表現してくれるブランドに対して、心理的な結びつきを形成しやすくなります。たとえば、自分のことを地球環境に優しい人間だと思っている人は、環境保護活動に積極的に関与し続けているブランドに対して、リレーションシップを形成しやすくなるでしょう。
そこでプロパティー・パートナー・モデルには、「ブランドの自己表現性」という要素が組み込まれています。ブランドの自己表現性とは、「あるブランドが好ましいと感じている自己を象徴的に表現しているという知覚」(久保田, 2024, p. 240)のことです。自分らしさを表現してくれるブランドに対して、リレーションシップを形成するわけです。
自分らしさを表現してくれるブランドとは、どんなブランドでしょうか。少し専門的な話になりますが、私たちの心には「現実自己(=現実の自分)」と「理想自己(=理想の自分)」があります。したがって、自分らしさを表現してくれるブランドには、「本当の私」を象徴するブランドと、「なりたい私」を象徴するブランドがあることになります。
ブランド・リレーションシップは「好ましい現実自己を表しているブランド」との間に形成される場合もあれば、「理想自己を表しているブランド」との間に形成される場合もあります。
好ましい現実自己を表しているブランドとの間に心理的な結びつきが形成されると、自分らしさを実感することができます。また理想自己を表しているブランドとの間に心理的な結びつきが形成されると、理想的な自己への接近が可能となり、高揚感が得られます。
(2)並ぶ関係
プロパティー・パートナー・モデルを構成する、もう1つの大切な要素が「並ぶ関係」です。これは心理学者のやまだようこ先生(京都大学名誉教授)によって提唱された、幸せな二者間関係の基本構図を表す概念です(やまだ, 1988)。並ぶ関係という概念はとても興味深いものなので、少し詳しく説明しましょう。
やまだ先生は大学生に、「幼いときのあなたとお母さんとの関係をイメージして自由に絵に描いてください」と問いかけ、1,500人以上の学生に絵を描いてもらいました。そして大量の絵を分析することで、それらの絵がいくつかのパターンに分けられることを発見しました。この点について、やまだ先生は「人の心は実にさまざまなようでも、人が想いつく基本的なイメージには、あんがい共通した『かたち』がある」(やまだ, 1989, p.50)と述べています。
「並ぶ関係」は、そうした分析から発見されたパターンの1つです。ポジティブで好ましい理想の母子関係が描かれた絵は、たいがい自分とお母さんが並んでいる構図でした。幸せな関係を描いた絵が「並ぶ関係」の構図であったのは日本だけでなく、アメリカの学生に書いてもらった絵でも同様だったそうです(やまだ,1990)。国や時代が変わっても、私たちの心の感じ方は、あまり変わらないのかもしれません。人が感じる幸せな構図は「並ぶ関係」として概念化できるようです。
並ぶ関係は、相手を操作の対象としてではなく「私たち」という視点で見ようとするものであり、「私と他者が同じ場所に共存し、並び居ながら同じものを共に見るという関係」(やまだ,2010,p. 124)と定義されます。
こうした心理学領域の考え方を参考にすると、消費者は、自分を認めてくれるブランド、自分を大切にしてくれるブランド、あるいは自分の存在意義を実感させてくれるブランドについて、並んで同じ方向を見ているように感じ、そのブランドに対して自らの心を開き、大切なパートナーと感じるようになると考えられます。
(3)ブランド・セイリエンス
プロパティー・パートナー・モデルには「ブランド・セイリエンス」という概念も組み込まれています。ブランド・セイリエンスとは、そのブランドが、様々な状況や環境において、どのくらい容易にかつ頻繁に想起されるかということです(Keller & Swaminathan, 2020, p. 107)。つまり、ブランドの思い出されやすさや、意識されやすさを意味する概念です。実務でよく用いられる「リマインド」は、セイリエンスを高めるためのマーケティング活動といえます。
ブランド・リレーションシップの形成要因の1つにブランド・セイリエンスが組み込まれているのは、ブランドは消費者の生活の中において常に中心的な役割を演じているとは限らないためです。多くの消費者にとって、ブランドは生活の主役ではありません。このため消費者は、特定のブランドを定期的に想起するとは限らないですし、また頻繁に意識するとも限りません。消費者がブランドに注意を向けるのは、それが自分にとって重要であり、意味深いときだけです(Bhattacharya & Sen, 2003)。
ブランド・セイリエンスが低ければ、言い換えれば、そのブランドのことをあまり思い出されなければ、リレーションシップは形成されにくいでしょう。またブランド・リレーションシップが形成されても、あまり意識されなくなれば、次第に衰退していくと考えられます。
3つの形成因子をスコア化、影響力が強かったのは?
プロパティー・パートナー・モデルは、これまで複数回検証を行い、その妥当性が確認されています。図3は『ブランド・リレーションシップ』の第7章に掲載されている分析結果の一部です。
バラエティに富んだ複数ブランドのデータを収集するために、アップル、ソニー、ナイキ、花王、カップヌードル、ポッキー、カルピス、無印良品、スターバックス コーヒー、セブン-イレブン、LINE、YouTubeの12ブランドについて、約4,000名の消費者を対象に調査を行いました。
図3はこうして集められたデータを用いて分析した結果です。図の中の数字は標準化偏回帰係数といわれるもので、影響力の強さを0〜1の間で示しています。
図3を見ると、ブランドの自己表現性、並ぶ関係、ブランド・セイリエンスのいずれも、ブランド・リレーションシップにプラスの影響を及ぼしています。したがってブランド・リレーションシップは「ブランドの自己表現性」の高まり、「並ぶ関係」が感じられること、そして「ブランド・セイリエンス」が維持されていることによって形成されると考えられます。
ブランド・リレーションシップは、そのブランドが自分らしさを確認したり表現したりするための小道具として認識されること(=プロパティー・アプローチ)によっても、あるいは安心感や支援をもたらすパートナーとして認識されること(=パートナーシップ・アプローチ)によっても形成されると明らかになりました。
また同時に、そのブランドが常に意識されるように工夫し、ブランド・セイリエンスを保ち続けることが大切だと確認されました。
