日本の「eigyo」と欧米の「Sales」は違う
「日本のBtoBマーケティングは欧米に比べて遅れている」という言説を耳にする機会は少なくありません。正直に申し上げて、私はこうした言説を懐疑的に受け止めています。

もし仮に「欧米に比べて日本は遅れている」という事実が明白なのであれば、日本企業の事業取引のプロセス、つまり営業とマーケティングが欧米企業のそれと同じ構造を呈していることになります。なぜなら「遅れているか否か」という評価は、同じモノサシを前提とするためです。しかしながら、経営学の領域には日本の「営業(eigyo)」と欧米の「Sales」を別のものであるとする研究があります。複数の外資系企業で働いた私も、両者は別のものであると感じます。
日本型の営業は、受注後も顧客と長く関係を構築するモデルが多く、いわゆるリレーションシップマーケティング(関係性マーケティング)の特性が強く表れています。一方で、米国をはじめとする欧米型のSalesは、契約書にサインを取り付けること、つまりクロージングを執行することが第一の役割で、他の業務は別の部署に任せる分業化が進んでいます。
顧客へのアプローチや関係構築の方法も日米で異なります。日本の営業活動は顧客との長期的な信頼関係を前提に進められますが、欧米のSalesでは短期的な成果と数字が重視されるのです。
また「日本のBtoB企業にはマーケティング部門がなかった」という言説もよく耳にしますが、これも事実とは異なります。確かに「マーケティング部」という部署名は存在しなかったかもしれませんが、日本企業では「営業企画」や「営業推進」などの部署がその役割を担っていたためです。

日本と欧米の違いは、営業職のキャリアパスにも及びます。日本企業において、営業職のキャリアパスは経営幹部への昇進ルートを意味しますが、欧米型のセールスは専門職としてのキャリア構築を目標とすることが多いです。
欧米型の基本は「Always be closing!」
日本型の営業モデルの特徴をまとめると、次の四つに分類できます。
- 顧客関係全般を担当、クロージングして終わりではない
- マーケティングも営業で行う
- 長期的関係を重視
- 相手の意向を汲む“阿吽の呼吸”と組織的意思決定
日本型の営業モデルが欧米のそれと異なることは、上の四つを見ても明らかでしょう。つまり、日本のBtoBマーケティングは欧米から必ずしも遅れをとっているわけではないのです。
1992年に米国で公開された映画『摩天楼を夢みて(原題:Glengarry Glen Ross)』をご存知でしょうか。この作品は、欧米企業における営業とマーケティングの関係を知る上で非常に参考になるため、機会があれば皆さんもぜひご覧ください。
劇中「Always be closing!」という名台詞が出てくる有名なシーンがあります。この台詞の意味は「とにかくクロージング(契約)を取れ」です。この台詞からも、欧米企業ではクロージングをセールスの主要命題と捉えていることが伝わります。
フィリップ・コトラーは2006年『Harverd Business Review』誌において発表した論文の中で「セールスとマーケティングの戦争を終わらせよう(Ending the War Between Sales and Marketing)」と提唱しています。この言葉は、欧米企業で長きに亘りセールスとマーケティングが対立しがちだったことを端的に物語っています。
一方で、日本企業の営業部門は「営業」「営業企画」「営業推進」が組み合わさった統合型組織です。そのため、セールスとマーケティングの対立を構造的にクリアしています。このことからも、日本のBtoBマーケティングが欧米より遅れているとする見方は間違いであると言えるでしょう。