iPhone前夜のロンドンで体感した時代の転換点
──MarkeZineが創刊した2006年から現在に至るまで、生活者の行動様式や価値観、企業とのつながりにおけるターニングポイントはどこにあったのでしょうか。
博報堂は人間を「消費者」ではなく「生活する主体」ととらえています。その意識と行動を研究しているのが博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)です。
2006年に発表した生活総研が発行するレポート『生活予報』では、「放電コミュニケーション」をテーマとしました。私自身の「生活者」としての実感からも、生活者の価値観や行動様式の変化の起点は、まさに2006年にあると考えています。
生活者を取り巻く情報環境が急速に変化してきたことに注目。ブログやSNSなどを通じた、生活者と世の中の人たちとの双方向のコミュニケーションを「放電コミュニケーション」と名付けました。コミュニケーションの中身と作法が従来のものと大きく変化した結果、人と人とのつながり方が変わり、日々の行動も変わりはじめていると紹介しました。(出典:「生活者展」1981-2021)
2006年当時はiPhone前夜。Nokiaがフィーチャーフォンを発売し、MySpaceがSNSの頂点にいた時代です。その頃、私はダイレクトマーケティングの最先端を学ぶため、ロンドンの企業に出向していました。そこで経験したのは、生活者を郵便番号で区分し、居住地域から推定した年収を基にターゲットして郵便を送る非常に地道なもの。想像とのギャップに戸惑いました。
しかし、その直後の生活者やマーケティングの変化は非常に目まぐるしいものがありました。テクノロジーが急激に進化し、新たな手法やマーケティングテクノロジー、今につながる高度化や効率化の取り組みが次々と生まれたのです。振り返ってみれば、この20年間は、2006年を起点とした大きな流れの延長線上にあると言えます。
進むべき先を示す「未来人」を探す
──生活者の行動データが可視化され、マーケティングの予測可能性が高まった20年間でもあります。こうした変化により、現代のマーケティング組織ではどのような課題が生じているのでしょうか。
マーケティング組織が考えるべきは、大きく分けて二つあります。一つが「人」へのリスペクトです。データマーケティングは、テクノロジーを駆使して人を操作するという考えに陥りやすい面があります。CVRを指標として重視するあまり、とにかくコンバージョンさせるためのデジタル広告を発信してしまうといった具合です。その先にいる一人の生活者が幸せになっているかどうか、という発想が弱くなってしまうのです。
もう一つの課題が、生活者の一側面しか見なくなること。Webサイトを見てクリックするといった日常の一場面だけを切り取っても、生活者の全体像は把握できません。個別の施策は最適化されるかもしれませんが、自社が掲げるビジョンや戦略全体を最適化することはできないのです。
──どれだけ一人の生活者に深く向き合えるかが、今後ますます重要となるのですね。
そうですね。ただ、生活者に向き合うというのも、結局は手段の一つなんです。 まず考えるべきは、何が目的かです。個別の施策を改善したいのか、それともビジネスをスケールさせたいのかで、見るべきものが変わります。
たとえば、生活者の実際の行動から集計されるアクチュアルデータも、あくまで行動の結果であり、行動の要因や未来はわかりません。これから先の方向性を定めるには、ポテンシャルデータもとらえる必要があります。
ポテンシャルデータとは、「行動の前に起こる意識の変化」を示すデータや、「変わった行動をしている人」のデータが当てはまります。未来を先取りした行動をしているn=1を見極め、その行動をホリスティック(全包括的)に考察することで初めて、目指すべき未来を考えることできるのです。
