ファンになってもらうために“遊び心”を
冒頭、Brazeの石本氏は、多くの企業が実施している値引きやクーポンの施策について課題を提起。「クーポンは強力なインセンティブとなり、集客につながりますが、それだけでは他にお得な選択肢が出てきたときにお客様は離れてしまいます。自社のファンを増やすために、“遊び心”やわくわくする体験が必要ではないでしょうか」と語りかけた。
Brazeは、パーソナライズによって顧客との関係を構築するためのプラットフォームを提供している。同社のツールは「パーソナライゼーションに必要な要素をすべてカバーしたエンゲージメントツール」(石本氏)。メールやプッシュ通知などのマルチチャネルを活用し、ユーザーのリアルタイムの行動に合わせたアプローチを継続することで、顧客との長期的な関係を構築できる。米国に本社を構えており、2020年に上陸した日本でも既に130社以上に導入されている。
レジャー施設などの予約サイトを運営するアソビューも、Brazeのツールを活用している。同社は、遊び予約サイト「アソビュー」のほか、レジャー施設向けの業務ソリューションを提供する「ウラカタ」などのサービスを展開。主力事業のアソビューでは幅広い施設や体験、イベントを取り扱っており、会員数は1,710万人に上る。
「現場を知ること」とAI活用で成果を出す
アソビューでデータアナリストとして商品戦略を推進する鄭氏はまず、創立15年を迎えた同社の「戦略転換」について説明した。SaaSを提供するITスタートアップから、「遊びのExecutionカンパニー」に転換し、現場を理解しながらAIを活用することで成果を出していくという。
鄭氏は、戦略転換の背景について「仕組みを『作れること』が偉いわけではなくなった」と説明。良い仕組みを持っているだけでは差別化できなくなり、「何を作るか決める力」と「決めたものを納品できる力」が重要になると実感しているという。つまり、パートナー企業や顧客のインサイトに深く入り込むことが求められる。
そのために同社が重視するのが「現場」だ。パートナー企業であるレジャー施設などを理解するため、アソビューの担当者はもちろん、役員までも現地に赴き、チケットのもぎりや入場案内などを自ら行うという。
「『こんな予約システムが欲しい』というニーズに対して、従来は言われたとおりに開発して納品していました。しかし、現場に入ってみると、『実は最も大きな課題は窓口の混雑だった』などが見えてきます。それがわかれば、提示された要件よりももっと良いやり方を提案できます。デジタルだけでなく、フィジカルのソリューションも大事にしているのです」(鄭氏)
それと同時に推進しているのがAI活用だ。組織体制も整備し、2025年末には「AI推進室」を新設した。AI推進プロジェクトでは、AIを既に使いこなしているメンバーが「師匠」となり、AIを学びたい有志のメンバーを育成。また、業務ごとにチーム分けをして課題を設定し、AIを活用して解決する取り組みを実施した。
「AIツールの使い方などの“How”には重きを置かず、“Why”や“What”を出発点にしたことがポイントです。自分の業務を見直し、『何を、なぜ解決したいのか』を考え、それをAIで解決する取り組みにしました。その成果を発表する機会も設け、意欲的に取り組めるようにしました」(鄭氏)
では、AIを活用してどのようなデータ分析をし、施策へと落とし込んでいるのだろうか。
「細かい特徴を46個定義」レコメンド最適化の裏にあるAI×人力
鄭氏は、同社のデータ分析の考え方について、学術論文を例に解説した。
たとえば、「コーヒーは肝臓に良い」という通説を証明する分析では、まずはコーヒーの摂取と肝機能に関する相関を発見し、大まかな傾向をつかむ。その後、地域や属性などに分けて分析し、どの成分にどのような効果があるのか明らかにしていく。アソビューのデータ分析でも、まずは顧客の属性データや社内での会話から大まかな相関を把握し、仮説を立てることを重視。その上で、統計データによって仮説を検証する。加えて、インタビューによる質的調査も実施している。
このような分析の結果は、顧客へのレコメンドに活用されている。たとえば、新規顧客に次のお出かけ先を提案する際、何をおすすめすると良いかを次のように導く。
「まずは、居住地や閲覧履歴などの、大まかな7つの系統から、顧客へのレコメンド候補を広く集めます。その後、施設の特徴や本人の行動など、さらに細かい特徴を46個定義します。ここまでの要件定義を人力で行い、それをAIが機械学習して顧客別のおすすめランキングを作成し、レコメンドを決定しています」(鄭氏)
その後、一人ひとりの顧客に合ったレコメンドを届ける段階で、Brazeを活用している。その1つが、レコメンドメール施策だ。
この施策では、AIで分析して決定したレコメンド商品をBrazeの属性情報にひもづけることで、ユーザーごとにパーソナライズされたメール配信を実行。その結果を検証し、さらなる分析につなげている。
“真のニーズ”を反映したタグ管理
商品ページに付与する「タグ」については、顧客の実際のニーズや背景を踏まえて管理している。たとえば、雨の日にも集客するために、従来は「駐車場あり」というタグを使用していたが、インタビューで顧客の声を集めていくと、それでは不十分だと分かった。
「駐車場があるだけでなく、その中でも『濡れずに入れる』施設が重宝されているのです。大きなテーマパークでは、屋外駐車場から施設までの距離が長く、ベビーカーでの移動が大変です。そこで『立体駐車場』のタグを商品に付与し、お客様に提案できるようにしました」(鄭氏)
タグの効果を確かめるために、Brazeを活用した検証テストも実施している。テストマーケティングとして作成したランディングページ(LP)に検証したいタグを入れ、クリック率などの反応を計測。効果が高いタグが見つかれば、実際の商品ページに反映している。
Brazeの石本氏は、この施策について「当社のツールは顧客との関係構築やコミュニケーション強化を目的に利用されることが多く、プロダクトの検証に使うのは珍しいケースです」と説明。顧客への実際のアプローチだけでなく、本格的な開発の前にユーザーの反応を確かめる実験環境として、柔軟に運用できる面もあるようだ。
単なる値引きから「おもしろい体験」へ変える
次に鄭氏は、ゲーミフィケーションを取り入れることで“遊び心”を届ける施策について解説した。
アソビューも、従来はクーポン配布やポイント還元といったインセンティブに頼りがちだったという。しかし、“クーポンありき”の顧客が増えれば、値引きがないと購入してもらえなくなる。そこで、「おもしろい体験」を提供して楽しませる施策に取り組んでいる。
その1つが、ゴールデンウイーク期間に実施した「ガチャ施策」だ。この施策は、顧客へのインタビュー内容をヒントにして生まれた。
「当社のサービスを使っていない人は、お出かけをしていないのか。そうではなく、ファミリー層なら週末に公園に出かけています。なぜなら、あれこれ考える必要がなく、失敗も少ないからです。つまり、行き先を探す手間と、探したお出かけ先に満足できるかわからないことが、ハードルになっているのです」(鄭氏)
そこで考案したのが、お出かけ先の選択肢をある程度絞り込む「ガチャ」だ。アプリで「ハズレなしガチャ」を回してもらい、「東京都で使えるクーポン」「遊園地・テーマパークで使えるクーポン」など、エリアやジャンルを限定したクーポンを配布。ゲーム要素によって開封率も上がり、期間中の売り上げが増加した。
あえて“斜め上”のお出かけを提案
さらに、「複数ペルソナ提案」という施策も実施。従来は、ファミリー層の顧客にはファミリー向けの商品を、一人で出かける顧客には一人で楽しめる商品を提案するだけにとどまっていた。
「ファミリーのお客様でも、子どもが大きくなるとお出かけシーンが変わり、提案が合わなくなります。実際に、サービス開始当初から利用していたお客様がたくさん離脱してしまいました。そのため、普段の傾向とは少し異なる“斜め上”のお出かけもあえて提案しています」(鄭氏)
この提案によって、顧客の視野を広げ、新しい商品との出会いを促している。たとえば、ファミリーで利用した人に「一人のぜいたくな時間」を提案したり、友人と利用した人にデートスポットを紹介したりしている。
一方、そういった“斜め上”の提案に乗ってもらうことはなかなか難しい。そこでBrazeを活用し、AIによる「口コミの厳選」も行っている。同じ施設でも、どのように利用したかによって感想は大きく異なる。ファミリー向けのLPにはファミリーで利用した人の口コミを、「一人の時間」を提案するLPには実際に一人で行った人の口コミだけを掲載し、「楽しめる」根拠を強めている。
最後に鄭氏は、今後も顧客に合ったおもしろい体験を届けるために重視するポイントとして、「顧客を徹底的に理解する」「潜在ニーズを深く把握する」「そのニーズを商品に反映し、最適な顧客体験を創出する」の3つを挙げた。
Brazeでは、一歩先のレコメンド機能として、AIエージェントを盛り込んだ「BrazeAI Agent Console」も提供している。LINEと連携すると、トーク画面で今の気分に合った商品を提案してくれる機能だ。
企業やブランドに対して、「自分にぴったり」の提案を求めることが当たり前になりつつある今、テクノロジーによってパーソナライゼーションを支援するツールが強力な味方になりそうだ。

