日本郵便が進める、デジタルとアナログのマーケティング実証実験
「デジタルマーケティングは、すべての顧客へ本当にリーチできているのだろうか」。この根本的な問いを起点に、データドリブンの前提のもとデジタル施策とアナログ施策を掛け合わせる可能性を探るため、マーケティングオートメーション(以下、MA)とダイレクトメール(以下、DM)、Eメールを組み合わせた実証実験を行っているのが、日本郵便株式会社の鈴木睦夫氏だ。
「Markezine Day 2017 Autumn」では、「ここまでオフライン活用は進化した。どんなITにでも繋がる「モノ」で、コミュニケーションに革命を。」と題して、まず鈴木氏が富士フイルム株式会社と取り組んだ実証実験の結果をレポートした。
続いて、ITと紙を結びつけるビジネスを展開する株式会社グーフの岡本幸憲氏が、新しいDMの実現に必須となる最新印刷テクノロジーについて、海外の事例を紹介した。
デジタルでは顧客のすべてにリーチできない?
P&Gでマーケターとしてのキャリアをスタートし、アイ・エム・ジェイ、日本コカ・コーラなどの企業を経て現職に就いた鈴木氏。講演の冒頭で話題に選んだのは「若手デジタルマーケターの不安」だ。
スマートフォンの普及により、生活者の行動履歴が簡単にデータ化できる今、データドリブンにマーケティング戦略を考えることは当たり前となっている。
しかし、人間の行動をデジタルのチャネルだけで追うことはできない。たとえばメールマガジンで、すべての顧客と接点が持てているという企業は多くないだろう。デジタルでリーチできる顧客は、全顧客の一部にすぎないのだ。
さらにデジタルマーケティングの良さである「結果が即時にわかる」ということにも落とし穴があると、鈴木氏は語る。
「キャンペーン結果がすぐにわかるため、数ある施策のうち、一番効率の良かった施策ばかりを残しがちです。すると売上がスケールアウトせずに、縮小してしまう危険性があります。効率主義は構いませんが、効率至上主義はよくない。ビジネスは率ではなくて、額ですから」(鈴木氏)
そして海外ではますます導入が進んでいるという、デジタル広告のブロック技術も問題だ。せっかくオンラインの行動を把握して高度なターゲティング広告を配信しても、肝心の広告が表示ブロックされては意味がない。
このように、生活者のデジタルシフトは猛烈な勢いで進む一方で、デジタルマーケティングによってすべての顧客へリーチすることの難しさが鮮明になってきている。ならば、どうしたらよいのだろうか。これこそが、デジタルマーケターの抱えている不安だと鈴木氏は話した。
ダイレクトメールが、デジタル×アナログの手法で生まれ変わる
そこで鈴木氏は、デジタルとアナログを組み合わせた施策を企業と実験するプロジェクトをスタートさせている。DMというレガシーなメディアにデジタルマーケティングの粋を詰め込んで、デジタルマーケティングの弱点をカバーするのが狙いだ。
DM利用実態調査(2016年・DM協会実施)によると、DMの開封率は81%で、行動喚起率は約24%となる。
さらに自分の知っているサービスや好きなブランドからのDMは、積極的に欲しいと考える人が多いというのだ。とくに、20代男女のデータが特出している。この理由を鈴木氏は「デジタルネイティブであるからこそ、アナログな手紙という手法に特別感を抱いているのでは?」と考えている。
しかしDMには、メールと比べたとき、印刷コストがかかり、行動がトラッキングできないというデメリットがある。これをサポートするのが、最新のデジタルテクノロジーだ。
「企業とお客様のコミュニケーションで重要な要素は、誰に対して・いつ・どんなクリエィティブで・どんなベネフィットがあるか、ということです。MAを活用すれば、「誰に対して」と「いつ」を最適化できる。これでムダな印刷コストは削ることができます。
行動のトラッキングについては、ターゲットごとに印刷内容をパーソナライズできる機能でユニークなIDやURLを印刷すれば解決がつく。
最後に勝負を決めるのは、どんなクリエイティブでエンゲージメントを勝ち取るかなんです。世の中がデジタルになるほど、リアルなコミュニケーションの価値が高まります。だからこそ、140年間の歴史があるDMを使わない手はありません」(鈴木氏)
「92%の会員にリーチできない問題」をDMで解消した富士フイルム
富士フイルムは、フォトブックや年賀状の作成が可能な公式ネットショップを運営している。同ショップはメールマガジンを発行しているが、メールの受取を受け入れているのは総会員の50%だけで、平均開封率は15%にとどまる。つまり、サービス利用者全体の8%としかメールでコミュニケーションが取れておらず、残りの92%の顧客にはリーチできていないのだ。
おまけに、メールの受取を拒否している顧客の50%が、サービスのリピーターということがわかっていた。つまり、企業にとっての優良顧客とつながることができていないことが課題だったのだ。
検証実験の方法は以下の通りだ。
まず、顧客を2つに分類した。一つ目は、リピーターの優良顧客層で、クロスセルによってLTVを向上させたいセグメント。二つ目は、年賀状プリントのみ利用したことがある新規顧客層で、情報提供によってリピート客になってほしいセグメントである。
両方へ、フォトブックの無料制作ができるクーポン情報を送付する。ただし、メッセージングには違いを設けた。優良顧客へは日頃のお礼、新規顧客には「特別なご案内」を強調した。さらに、DMのみ送付する層・メールだけを送る層と2つのクラスターに分け、検証を行った。
DMについては、「特別なお知らせ」「年賀状ご購入者限定」という内容で開封を促し、ターゲットに合わせてメッセージ・画像をパーソナライズした上で、クーポン番号やQRコードもユニークにすることで個別で効果検証を可能にするという施策を行っている。
バリアブル印刷とは、1枚ずつ顧客ごとにパーソナライズされた文面が印刷できる手法だ。またIDやURLはMAツールで管理されているため、誰がいつアクセスしたかが瞬時にわかるようになっている。
メールのみと比較して、DMからのサイトアクセス率は60倍
結果、富士フイルムとしても驚きのデータが取れたという。
「DMを4,000通送付したところ、45%の会員がアクセスしました。メールと比較すると、サイトアクセス率は60倍です。従来であれば、DMの『CTR』は取れないものでした。しかし今回の実験では、MAツールを使って会員ごとにユニークなIDとURLを発行して、印刷してあります。つまり、送付した数に対して何人がアクションを起こしたかということが数字ではっきりとわかるのです」(鈴木氏)
さらに鈴木氏は、アナログとデジタルを横断した内容のメッセージを送る効果に注目した。
「今回、キャンペーン終盤の時期に“お手紙は届きましたか?”という内容のメールを送りました。DMは、送付した直後に大きく反応があり、継続的に反応があるという傾向があるからです。事実、DMをリマインドする内容のメールを送ることで、もう一度大きく反応が出ました」
キャンペーンを振り返ると、フォトブックのクーポン利用率も高く、また料金をプラスして上のランクのフォトブックを選ぶ有料転換率も高くなった。加えてフォトブックは他の人にプレゼントすることが多いため、追加注文につながりやすい。結果的にアップセルが実現し、リクープ目標を大きく上回ったという。
アナログとデジタルを組み合わせた富士フイルムとの実証実験は、大きな成果があったといえるだろう。
パーソナライズした印刷物を即時に送付。最新の印刷テクノロジー
新しいDMを活用するには、印刷テクノロジーが重要である。
鈴木氏の話をうけ、IT技術と紙をつなげるビジネスを展開しているグーフの岡本氏は、デジタルと紙を活用した海外の事例を紹介した。
ニューヨークの化粧品ブランド・メイベリンは、ウェブサイトでユーザー情報・興味を登録した顧客に向けて、パーソナライズされたマガジンを届けている。掲載された化粧品にはすべてユニークなクーポンが付いており、実店舗で購入するとPOS連携されトラッキングができるという仕組みだ。
この取り組みで新しく顧客となった70数パーセントが、他のブランドからシフトしている。SNSとも連携し、継続的なコミュニケーションを図りつつ、クーポンとパーソナライズ施策でリテンションを実現しているという。
ECの行動履歴から、オススメのアイテムを紙でお知らせ
続いては、ECと紙を組み合わせた事例だ。
アメリカのスタートアップ企業PebblePost は、プログラマティック・ダイレクト・メールというアルゴリズムを持つ。顧客のサイト上の動きをトラックし、カート落ちした瞬間から行動履歴に基づき、リコメンドアイテムのデータを作成する。そのデータを受け取った印刷側では顧客データを元に最適なサイズ・情報量・色味・パターンを分析してプリントし、投函していく。
事例によると、印刷物を受け取った人のうち平均47%がウェブサイトへ戻ってくる。そのうえ顧客単価にアップセルが見られるそうだ。
「印刷の持つ、遅い・高い・手間がかかるというイメージが一新される最新のプリント技術が、これから当たり前となっていくでしょう」と岡本氏は語った。グーフでは、「Print of Thing」というMAと紙メディアを組み合わせたサービスをリリースしている。
デジタルとテクノロジーがアナログの良さを引き出す
今回の実証実験からわかることは、データドリブン・MA・印刷テクノロジーといったデジタルの活用法次第で、アナログ(DM)がチャネルとして持つメリットを最大限にいかすことができるということだ。
鈴木氏は、やはり自社で実証実験をすることが一番とし、そのポイントを語った。
まずは課題を決め、シナリオを構築する。続いてのビークルテストでは、メールだけ・DMだけ・それぞれを組み合わせたパターンすべてに、同じ施策を当てる。そして、比較する軸はひとつに決めてPDCAを繰り返す。同時にいろいろと比較したくなるが、シンプルに行うことがよいそうだ。
デジタルマーケティングという言葉がなくなる?
最後に鈴木氏は、これまでのマーケティング市場にあったデジタルとアナログの対立構造から視点を変えようと提案した。
「今後、デジタルマーケティングという言葉はなくなっていくでしょう。デジタルやテクノロジーを活用して、すべてのメディアが隔たりなく運用できるようにしていく。そのことが、お客様とのリレーションシップを高め、ビジネス課題を解決していくと思います」(鈴木氏)
これまでのアナログの手法を再定義するという、デジタルの使い方に注目だ。