なぜ今、デジタルマーケティング業界の再編が進んでいるのか?
――そもそも、なぜ今、業界再編が加速しているのでしょうか。
黒川:根本にあるのは世の中の変化です。世の中の変化というのは、消費者の行動の変化から始まります。今は単にモノを作っただけでは売れません。一貫した顧客体験を設計する必要があります。
たとえば旅行の体験を考えてみましょう。空港までバスで行って、空港でチェックインしてラウンジを利用して飛行機に乗ってその後タクシーに乗ってホテルに到着して……と、ここまでで既に様々なプレーヤーが関わっています。
もし飛行機で見ていた映画が途中までしか見られなかった場合、ホテルで続きを見られると、顧客は喜びますよね。この仕組みは企業間で手を組んで行わなければ実現できません。顧客に本質的な価値を提供するため、企業の枠組みを超えてエコシステムを形成し、面でサービスを提供する時代になってきたということです。
このようにビジネスが変わると、当然その事業会社を支援する側も変わる必要があります。広告代理店は、メディアバイイングだけでなくコンサルティングのアプローチも使って広告主に貢献しようという思考になります。また、コンサルティング会社は、クリエイティブやマーケティングの能力をさらに強化して、顧客企業に貢献しようと考えます。いずれの場合も、これまで提供してきたサービスを、M&Aや協業によって強化・拡大しようとする動きは自然な流れと言えます。
また、テクノロジーが「収束」のフェーズに来ているとも言えるでしょう。今のマーケティングテクノロジーの世界は、無数のサービスが混在している状態ですが、これが収束していく流れがあります。かつて、会計システムも、部分的な機能を提供するサービスが多かった中で、それらを統合して総合ERPパッケージにしていったのがSAPやオラクルなどでした。マーケティングテクノロジーにおいても、これと同じような動きがあると考えています。
テクノロジーの世界では、どの分野でも一気にサービスが増加し、収束していく流れがあります。部分最適化したサービスによる点のサポートではなく、面で企業を支えようという動きが広がっているということですね。アクセンチュアも、元々面は広いのですが、アイ・エム・ジェイ(以下、IMJ)を傘下に入れてサービスを強化することで、より優れた顧客体験を提供できるよう、企業を面で支援したいという狙いがありました。
「顧客体験」という観点で全社をつなぐのがマーケターの役割
――多くの企業は、シームレスな顧客体験の提供が必須だと気づいてはいるものの、実行できていないように思います。
黒川:そうなんです。各方面の経営陣と話していても、顧客体験の重要性は理解されていて、アイデアも持っている。でも、実行できないという課題があります。実行できない大きな要因は2つで、企業の仕組みが追いついていないことと、人材不足です。
仕組みについては、たとえば失敗を許さない文化が根付いて、誰もチャレンジしようと思えない状態になっているケースがあります。また、イノベーション事業部が立ち上がっても、「毎月5つのイノベーションを生み出せ」とKPIを設定されてしまっていることもあります。イノベーションはそんな押し付けで計画的に生まれるものではないですし、これでは本末転倒ですね。
人材不足も深刻です。顧客体験は、顧客に最も寄り添っているマーケターが設計するべきですが、チャネルが複雑になっていること、伝統的に商品・サービスありきでプロモーション的なマーケティングを行っていたこと、などから、なかなか対応できる人材がいないのが実情です。
――先日、MarkeZineがマーケター向けに実施したアンケートでも、マーケティングの業務が拡大していると感じているという回答は8割に上りましたが、CMOが在籍している会社は3割程度でした。
黒川:現状に追いついていないということですよね。一方、昨年11月にグローバルでアクセンチュア インタラクティブが実施した調査で、企業の9割が、CMOには部門間をつなぐ役割があると認識していることがわかってきました。
たとえば、新しい顧客体験を考え続けるには、新しいタイプの人が必要です。新しいタイプの人を取り込み、社内文化も変えていくとなると、社外パートナーと内部チームをまとめて協力させる必要がありますし、人事ともより一層連携する必要がありますよね。
このように、各セクションやパートナーが顧客接点を起点に連携していく動きが広がっています。一部の部署で機能していた状態から、全社で機能するようになる流れは、数十年前のITの進化によく似ています。情報という観点で全社をつなぐのはIT部門、人という観点で全社をつなぐのは人事部門だとすると、顧客体験という観点で全社をつなぐのが今のマーケターの役割です。