解説:正解がない時代だからこそ求められる企業のビリーフ(信念)
社会性と事業性の両立をどのように示していくか
ダイバーシティというテーマには正解はありません。今世界が向き合っているウィルスへの対応も正解がないからこそ社会は右往左往しています。今までになんとなく築き上げられてきた日本社会の「これが正解」という根拠のない先入観は、一つのウィルスによって足元から崩れています。同時に、見て見ぬふりをしてきた向き合う必要のある様々な「課題」が顕在化していることを実感している人も多いのではないでしょうか。
このパンデミックは、社会に長く根付いてしまった根拠のない「正解」への先入観を打ち砕き、生活者や企業が本質的な課題と向き合うことのできるチャンスになるかもしれません。
緊急事態宣言明けの5月末に楽天インサイトが実施した調査では、新型コロナウイルス感染症拡大の影響前後の暮らし方・生き方の意識調査で、最も変化の大きかった項目は「個人の幸せだけでなく社会全体のことを考えていきたい」であったと報告しています(参照)。
政治的発言はなぜか非難されやすい日本においても、「このままではまずい」「このままでは何か釈然としない」という危機感が人々の視点を社会全体の課題へ向かわせているように感じます。抑圧されていた個人の本質的な多様性が溢れ出はじめている現状を、企業は上手く汲み取りビリーフを再構築する好機のように思います。
フェムテックから紐解く、非ダイバーシティによる経済損失
今回は、日本では公に話されることのなかった「生理」「性教育」をテーマをとりあげ、特に「生理」を中心に展開しました。対談内でも触れている通り日本の月経に関連した労働力低下による経済損失は年間6,828億円と言われており、逆に月経を中心とした女性の健康課題をテクノロジーで解決する「フェムテック」市場は2025年までに世界で5兆円規模になると予想されています(参照)。
ではなぜ日本では、潜在的なビジネスチャンスを認識しながらも「生理」が今でも公に語られにくいのでしょうか。実は歴史的に平安時代の時の権力者が、母系社会から唐伝来の家父長制へと転換していく過程で「女性は穢れ」という概念を輸入し、その後「女性の月経や出産の際に経血で地神や水神を穢す」等として仏教の世界にも浸透したと言われており、1970年代までは「月経小屋」が存在したほどです(参照)。
平安時代の不平等の概念が細々と令和にも続いているという現状は、政府や企業が「女性活躍推進」を声高にうたいながらも、ジェンダーギャップ指数が世界で121位であるという(153ヵ国中)日本の実情を理解しやすくします。
私たちの日常に身近な「性」に関する課題に向き合うことが、「企業のビジネスチャンスにつながる」「貴重な労働力の確保につながる」という概念が広まるならば、ジェンダーの枠を超えてフェムテック市場における日本企業の躍進を見る日も近いかもしれません。
企業のビリーフにつなげるインサイト
生理をテーマに取り扱ったキャンペーンで印象的だったのが、昨年カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルでCreative Effectiveness(クリエーティブ・エフェクティブネス)を受賞した「Project free period」です。インドの生理用品を販売するStayfree社がイニチアチブをとり、性産業で働く女性が生理で仕事を休むとき、石鹸作りなどを学ぶことで、売春から抜け出せる術を身に着けるプロジェクトです。セックスワーカーが抱える課題、そして社会課題を生理用品を扱う企業だからこそできる視点で取り組んだこの示唆のあふれるプロジェクトからは、関わった企業のビリーフを感じることができます(参照)。
自社のもつビジネスキャピタルと社会課題への視点の融合は、企業ビリーフを社内外に示すインサイトにつながり、結果として自社で働く個人の「社会貢献」意欲を高めることでエモーショナルキャピタルを向上させ企業価値を高めることが可能になります。
人ごとから自分ごとへ、企業価値を高めるために必要なこと
見過ごされてきた課題が顕在化している今、そしてこれからの時代は「他人ごと」だった課題を「自分(社)ごと化」することが企業の社会的価値に繋がり、戦略を構築するうえで重要になっている傾向が顕著になってきているように思います。多様な個人の「自分ごと化」された課題に企業は耳を傾け、いかに自社として取り組むべきなのかを考えることが新しいイノベーションにつながるのではないでしょうか。
SDGsなどへの注目が高まる中、ジェンダーを超えた本質的な多様性の活用によって社会性と事業性の両立を担保していくこと、それがこれからの時代の核となっていくことを改めて実感した対談でした。
筆:白石愛美