売ることばかり考えていると、顧客の存在が抜け落ちる
MZ:西口さんの定義では、マーケティングは売ることよりもずっと広いのですね。先ほどの定義の(2)は「利益の継続」、そして(3)では「利益の再投資」が明記されていました。
西口:住宅や車など一人の人が買う回数が限られるものはやや例外的ですが、ほとんどのビジネスでは繰り返し買ってもらうことで利益が積み上がる構造になっています。いい換えると、初回購買となる新規獲得のコストは非常に高くなります。
まずプロダクトについて知ってもらい、特徴などを理解して購入を検討してもらう段階で、広告・PRなどの投資が発生することが多いです。したがって、一度顧客になってもらったらリピートを促し、収益性を高めて事業を継続していく。これが(2)「利益の継続」です。
そして得た利益をもってプロダクトをさらに磨き、既存顧客により長くリピートしてもらったり、新規顧客にもっと買ってもらえるようにしたりする。これが(3)「利益の再投資」となります。

MZ:長く顧客でい続けてもらうことも、マーケティングの範疇なのですね。
西口:私はそう考えています。(1)から(3)の好循環が生まれると顧客も増えますし、顧客が見出す価値の総量が増していきます。これが価値の創出であり、顧客の創造だといえます。
繰り返しになりますが、売るところだけにフォーカスして「売らなければ」という思考になると、顧客の存在が抜け落ちます。すると当然ながら、顧客との関係性を築く・維持するという視点も持てません。この視点がマーケティングに欠けがちなのは、問題だと思っています。
マーケターと経営者の間にある壁とは
MZ:私のような初心者を含めて、事業の利益や継続、再投資といった部分は「経営層が考えるべきことだ」と考えている人が多いのではないでしょうか?
西口:そうですね。マーケティング部門といっても企業によっては機能が幅広く、マーケターという肩書きや意識がある方も、事業の継続が責務になっている人は多くないかもしれません。まして初心者の方だと、経営の視点といわれてもピンとこないでしょう。
仰るように、収益性や再投資は経営が舵取りをすべき項目であることは間違いありません。ただ、同時にマーケティングを先のように定義すると、それはビジネスそのものでもあります。
経営者は、1回しか買わない顧客を100人増やすより、2回目・3回目とリピートしてくれる顧客を一人増やすことを優先します。売ることだけを見ているマーケターが経営者視点を持ち、顧客との継続的な関係構築まで考え抜けるかどうか。ここに一つの壁があるように思います。
MZ:繰り返し価値を見出してもらえるから、利益が上がって事業が継続するわけですね。逆に「1回売れればいい」と思ってしまうと、一過性の顧客ばかり集まってしまうということでしょうか。
西口:その通りです。たとえば数年おきに「V字回復した」と謳うブランドは、一過性の顧客を獲得しては流出することを繰り返しているだけになります。これは、ビジネスとしては厳しい状況です。
長い目で顧客との関係構築を考えることは、マーケティング初心者の方にもぜひ心に留めておいていただきたいですね。
注:書籍『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』では「収益」と表記されている部分を、著者の意向により、本連載では「利益」として修正表記しております。
