定義刷新のポイント
1.日本独自の視点を反映
―― 定義刷新のポイントをお聞かせください。
河野:アメリカ・マーケティング協会による最新定義*1を参考にしつつ、日本独自の視点を取り入れています。
まず、マーケティングの主体は企業のみならず、個人や非営利組織などもなり得ることを踏まえた上で、「マーケティングとは顧客や社会と共に価値を創造すること」としました。そして、「価値の創造」だけではなく「浸透」が求められることも示しています。
当初は、アメリカ・マーケティング協会と同じく「(価値の)伝達」という表現を検討しましたが、一方的なニュアンスが強く感じられるのではという声のほか、チャネル構築などの視点を踏まえる必要もあるとの意見が出ました。そこで「価値を広く浸透させること」とすることで、価値を世の中に根付かせ実装させていくイメージを持たせたのです。
高石:価値が浸透した後は「ステークホルダーとの関係性を醸成」することになります。この「醸成」にも日本独自の視点を反映しています。醸成という言葉には、一方通行ではなく、互いに議論を重ねながら高め合っていくイメージがあるからです。さらに、「ステークホルダー」の表現は適切かといった議論もありましたが、現代ではIRの利害関係者よりも広い意味で捉えられていることから採用することにしました。

早稲田大学卒業。卒業後株式会社電通に入社。ラジオテレビ局、新聞局、第7営業局営業部長、第5営業局局次長、第14営業局局長などを経て、2017年8月より公益社団法人日本マーケティング協会に出向、基幹事業局長を務める。2018年より現職。
河野:日本の場合、少子高齢化による人口減少、これにともなうマーケットの縮小が深刻な課題となっています。そのような中で、新規顧客と一から関係性を築いていくのはハードルが高いという考え方もあるでしょう。そのため、今ある関係性をどう醸成していくかはマーケティングにおいて重要な視点になっています。
2.競争から共創へ
――「競争」という表現がなくなったことも印象的でした。
河野:「競争」から「共創」へ。コンペティターとしての要素を持ちながらも、コラボレーションの度合いを高めていく視点は、昨今様々な産業で求められています。たとえば電気自動車業界では、各社が協力して強みを活かしていかなければ、なかなか市場が拡大しないと考えられています。ビジネスとして成功するかは、コラボレーションにかかっているとも言えるでしょう。
このようにコラボレーションしながら新商品や新しい潮流を生み出していく共創戦略は、世界的に見られる大きな潮流です。
そして、「戦略」「競争」といった言葉は非営利的なイメージを持たないこともあり、学術領域では使われる機会が減っているようです。よって、新定義では「戦略」より上位概念である「構想」を採用しました。「構想」には戦略・仕組み・活動が含まれており、マーケティングを「プロセス」として捉えることの重要性を再確認する意味合いもあります。マーケティングとは、結果も含めてのプロセスであり、構想を実現していくための1つのアクティビティです。
高石:私は、マーケティングは発想することが重要だと考えています。結果のみを重視するのであれば、失敗した施策はすべて意味のないものになってしまうでしょう。そうではなく、何かを変えようと意思を持ち、行動するプロセスが大切なのではないでしょうか。
河野:プロセスが重要なのは、対顧客だけでなく、組織内にも当てはまります。マーケティングは、一人の優秀なマーケターがいればよいのではなく、組織として行わなければなりません。組織の一人ひとりがマーケティングの重要性を認識しアクションを起こしていくとなったとき、やはりプロセスが重要なのです。優秀なマーケターと言われる方々ほどこうした意識を持っていると感じます。
*1 アメリカ・マーケティング協会によるマーケティングの最新定義
「Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.」
(訳:マーケティングとは、顧客、クライアント、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造、伝達、提供、交換するための活動、一連の制度、およびプロセスのことである。)