業界別の壁を突破する意思決定のレポート
セッションの後半では、「CX AI STUDIO」を活用した具体的なユースケースが紹介された。なかでも注目を集めたのが、法人向けクラウド型人事労務ソフトの販売戦略において、決裁層のインサイトが不明瞭で十分な集客ができていない課題に対し、主要顧客業界の購買プロセスにおける顧客理解について説明したケースだ。
想定顧客である金融業界(地方銀行など)において、バーチャル上の現場ユーザーとの対話から浮き彫りになったのは、導入の第一の壁となるのが情報システム部門である点だ。「FISC(金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準)」への対応や、既存のオンプレミス給与計算パッケージとの連携実績、国内データセンターでのデータ保存保証などが絶対条件となり、ここをクリアしない限りデモ画面の提案すら進まないという課題を発掘した。
そのうえで、バーチャル上の経営・決裁層との対話を通じて、意思決定のトリガーは、現場の業務効率化ではなく、「IR・投資家からの人的資本データ開示への圧力」や「同業他行の給与計算ミスの報道による危機感」といった、外部への説明責任やリスク回避の意識が引き金となることが明らかとなった。
この分析から、商品を使う現場には「同業での作業時間削減の数字」、選定をする層には「FISC審査通過証明書や技術仕様書」、お金を払う経営層には「情報システム部門が承認を出しているという事実と同業他行の導入事例、3年間にわたるROIの試算表」というように、各層の判断根拠に合わせた提案資料の骨子を一貫して設計することが求められるという示唆が導き出された。
入江氏は、こうしたユースケース紹介を通して次のように指摘する。
「実際に商品を使う人、選定する人、最終的にお金を払う人は、それぞれ全く異なる判断材料を求めています。ターゲット別に資料の形式や訴求内容をつくり分けることが、受注確率を上げるための要諦です」(入江氏)
さらにセッションでは、各業界に適したマーケティング施策の検討にあたり、リソース不足に直面する中でアプローチ業界の意思決定層に刺さる「LP構成案」や「メール文面」の作成を支援した2つ目のケースも紹介された。
加えて、意思決定に関わるステークホルダーの本音や評価指標を理解し、稟議突破に向けた攻略方法や提案資料方針の提供を通じて営業力強化および受注率向上を支援した3つ目のケースも解説。
これら一連のユースケース紹介により、各業界・購買プロセスに関わる各ステークホルダーのインサイトに対する深い理解こそが、個々に最適化された施策の実現に不可欠であることが示された。
「AI×人間」で生み出す勝ち筋──BtoBマーケティングの展望
「RevOps組織」と「顧客理解の基盤」のハイブリッドにより、顧客が社内でどのように起票し、稟議承認を得るかまでを見据えて、購買プロセスそのものをデザインするという考え方が、これからのBtoBマーケティングにおいて重要な鍵となる。
博報堂は、こうしたAIエージェントによる顧客理解の取り組みをさらに精緻なものとするため、エキスパートインタビュー領域で国内最大級のプラットフォームを有するビザスクとの資本業務提携を発表している(2026年4月発表)。国内外80万人超の専門家を持つビザスクと新サービス「エキスパートAI」の共同開発を進めるなど、BtoB領域における意思決定支援の拡充を図っている。
一方で、入江氏はAIとの向き合い方について冷静な視点も提供している。
「もちろん、AIが算出するデータや示唆が常に100点満点というわけではありません。だからこそ、一次情報や現場知と組み合わせて検証することが不可欠です」(入江氏)
セッションの終盤、入江氏はAIエージェントを活用して自律的なシミュレーションを行う価値について、これまで分断されていた現場担当者、選定者、決裁者のインサイトを構造的に繋ぎ合わせ、顧客の組織を動かすシナリオを素早く仮説構築できる点にあると力説した。
「量」を追い求めて疲弊するマーケティングから脱却し、AIなどのテクノロジーを適切に活用して「質の高い深い顧客理解」を獲得すること。これが、RevOps組織を駆動させ、分断のないシームレスな顧客体験を提供し、確実な事業成長をもたらす1つの勝ち筋となる。
「人間とAIが共創する『新しい顧客理解』のアプローチこそが、これからのマーケティング戦略を構築するうえで強力な選択肢となり得るでしょう」と述べ、入江氏はセッションを締めくくった。

