変化は既にはじまっている
2018年9月のMarkeZineの記事「『我々はもはや出版社ではない』外資系デジタル・パブリッシャー、ハースト婦人画報社の今」に、そのことが書かれている。ハースト婦人画報社/ハースト・デジタル・ジャパン 代表取締役社長 二コラ・フロケ氏は、興味深いことに、CNNのスニータ・ラジャン氏とほとんど同じ戦略を話している。
「我々は、ある時から『自分たちはもはや出版社ではない』と、自社の定義を変えました。『Webサイトも運営する雑誌出版社』でもなく、『雑誌も発行するデジタル・パブリッシャー』として、自身を捉えています」(記事より引用)
記事を読めばわかるが、そのコンタクト戦略やデータ戦略についても、CNNと驚くほど重なっている。たとえば、「360°戦略」と収益の多様化、オーディエンスデータとしてハーストID、顧客データの一元化、EC・CRMなどだ。
そして、さらに、もう一つ、「もはやマスメディアではない」と宣言して戦っている新聞社もある。2018年9月の記事「The New York Post plans paid membership program」(DIGIDAY UK)では、New York Post が始めた新しいメンバーシップ・プログラムについて取り上げている。
この記事で、the New York Post chief digital officer の Remy Stern(レミー・スターン氏)が語っていることも、CNNのスニータ・ラジャン氏やハースト婦人画報社の二コラ・フロケ氏の戦略と重なっている。
「“We are not a newspaper,” Stern said. “We’re a media brand.”」(DIGIDAY UKより引用)
そして、そのコンタクト戦略やデータ戦略も同様に似ている。記事の中で、「Subscriptions、commerce、events、donations」などの重要性を指摘し、「membership program、CRM」を重視していくことを語っている。CNN、ハースト婦人画報社、New York Post の3社の共通点を私なりにまとめると、以下のようになる。

このようなマスメディアの変化は、なぜ、起こるのか? なぜ、マスメディアはマスメディアとして生きていけなくなったのか? それは、この連載で論じているように、マスという塊が消滅し、リゾームに変化しているからだ。
生活者をマスという塊で捉えるマーケティングは、1907年のT型フォードの出現を契機に台頭し、大量生産大量消費社会の中で、有効に機能した。しかし、それは、ちょうど100年後、2007年の初代iPhone登場によって完全に終焉を迎え、その後の生活者は、リゾームとしての特徴を持つようになった。
このことは、「あなたは知っているか?『T型フォード』と『初代 iPhone』が転回したマーケティングの歴史」(リンク)の記事で紹介した。
ロングテールのヘッドはもう存在しない
クリス・アンダーソンがその著書『ロングテール』(早川書房 2006)で論じたように、インターネットの普及によって、マスメディアが得意とした「ヘッド」を対象としたビジネスだけでなく、「テール」を対象としたビジネスも台頭するようになった。
いや、どちらかといえば、「ヘッド」も「テール」も包摂してしまうプラットフォーム戦略に優位性があるというのが、ロングテール的な発想だろう。このロングテール的なビジネス環境の中でも、まだ、「ヘッド」が存在しているうちはよかった。つまり、マスメディアもインターネットと共存して生きていくことができた。しかし、今、2007年の初代iPhone以降の変化によって、徐々にマスという塊が消滅し、それにつれて「ヘッド」がなくなりつつある。


そして、今では、生活者をマスという塊で捕捉することに無理が出てきた。それに気づいたブランド広告主は、当然の結果として、マスメディアへの広告出稿を縮小・停止する。
たとえば、「『広告予算を100%デジタルに』 残り3年、日本ロレアルの“CDO”が今考えていること」(リンク)の記事にあるが、本社の仏ロレアルから全世界の支社に向けて「2020年までに広告出稿の100%をデジタルにせよ」という通達目標が出されている。
ロレアルのように、積極的にマスメディアを使用しないと宣言している訳ではないが、資生堂もデジタルに大きく舵を切っている。「資生堂、デジタル投資520億円 『今後3年間の最優先事項』に」(日経XTECH)という記事によれば、資生堂の魚谷雅彦社長はビジネスのデジタル化を今後3年間の最優先事項に掲げているとのことだ。