AIでは難しい「アクセシビリティ」の領域
――カンヌライオンズ2023にご参加されて感じた傾向など、概観をうかがえますか。
2022年がコロナ禍からののリハビリだったとしたら、今年は本格復帰の年だと言えるでしょう。参加者の数も戻ってきましたし、作品のエントリー数もここ数年の減少傾向から一転、6%も伸びました。また、様々な業界の人が参加するようになった点も重要です、昔は広告業界による内輪の集まりでしたが、エンタメ系やコンテンツ系、商社の方など多様な業界からの参加が見られます。カンヌが讃えるクリエイティビティは広告会社だけのものではなくなりました。良い変化だと思います。
AIは前振りとしてはよく使われていましたが、メインテーマにはなっていない印象です。AIを使った圧倒的なクリエイティブも見当たりませんでした。むしろ全体を通して、AIのアンチテーゼとも言える「人間性」(Humanity)にスポットライトが当たっていたように感じます。
中でも「アクセシビリティ」は大きなテーマでした。何かしらの障害を持つ人々は世界で約13億人いると言われています。決してマイノリティではない。無視できないメジャーな市場なのです。これまで自社のプロダクトやサービスの外側にいた人、アクセスできなかった人を、どうやって包摂するか。人間性と創造性がなければ解けない課題の代表例です。
もうひとつの大きなテーマは、ビジネスにおけるクリエイティビティの発揮です。要するに広告やマーケティングといった領域を超えて、創造性でビジネスそのものがどう変わるのか。サプライチェーンや品質管理といった、これまでにない課題に向き合う仕事がみられました。
不利な立場にいる労働者や、商品・サービスの対象外になる人たち。社会の影に隠れた部分を想像し、よりよい生活や仕組みを提案することは、人間の想像力がなければできません。AIで盛り上がる今だからこそ、無意識的にAIには替えられない人間の可能性を信じたくなったのかもしれませんね。
今年のカンヌはフィクションの力を感じた
――細田さんにとって印象的だった作品はどのようなものがありましたか?
虚構(フィクション)の力が発揮されたクリエイティブですね。ここ数年のカンヌライオンズではドキュメンタリー系の作品が多く評価されていました。戦争、疫病、環境、人権。こうした社会悪に挑むクリエイティブは自ずと現実を切り取るものになります。カンヌライオンズは、クリエイティビティというより、アクティビストによるドキュメンタリーの祭典になっていました。
こうした傾向はまだ続いていますが、今年は虚構をつくりあげる力が発揮された仕事に圧倒されました。1つは今年新設されたEntertainment Lion for Gaming(ゲーミング部門)のグランプリ作品、クラッシュオブクラウンの「CLASH FROM THE PAST」です。マリオやドラクエのような長く豊穣な歴史を持たないゲームが、その世界観を広げるために40年分の架空の歴史をゼロからでっち上げ、ひとつのエンターテイメントに仕上げてしまった。
もう1つがTitanium部門のグランプリだったツバルの「The First Digital Nation」です。ツバルは海面上昇が進むと国土が沈没する恐れがあります。国土がなくなれば国が存続できない。そこでデジタル上に国家をつくり、世界で初めてのデジタルネイションになるという取り組みを始めました。まるでサイエンスフィクションのような想像力の使い方で問題を提議している点が評価されました。
過去をつくる仕事と、未来をつくる仕事。どちらも創造性の祭典にふさわしい仕事だと思います。やはり私たちはどこかで、現実を超える壮大な虚構を求めているのでしょう。