テレビはどう生き残るか~鍵を握る「インプレッション取引」を成功させる仕組みとは~
─ テレビCMセールスに迫る変革の時。「GRP取引」から「インプレッション取引」へ
─ GRP取引が持つ課題とは。テレビの本当の価値を「質と量」で捉え直す
─ テレビCMの価値を再定義するために不可欠なのは、デジタル広告と同様の「ターゲットCPM」
─ 「インプレッション取引」でテレビ局のスポットCM収入はどう変わるか。総収入試算と仕組みへの課題(本記事)
─ テレビCMの「インプレッション取引」を成功させるためのアイデアと仕組み
─ 「インプレッション取引」と「GRP取引」の共存で局収入は最大化する
─ 「インプレッション取引」の導入は広告主から急かすべき?広告主視点でテレビCMセールスの変革を考える
テレビCMの量とスポットの収入試算、平均CPMを確認する
前回の最後に、総量評価のインプレッション取引でテレビ局は増収するというお話をしました。今回はそれをもう少し丁寧にご説明していきます。
まず、前提となるテレビCMの量(スポット+タイム)と、そのうちのスポットの収入試算、平均CPMなどを整理しておきます。
テレビCMの総量は、日本民間放送連盟(民放連)の放送基準(※1)によって週間の放送時間の18%までとなっています。つまり最大でも1週間168時間(24時間×7日)の18%である「30.24時間」がCM放送時間の上限となります。15秒CMに換算すると総本数で約7,250本です。
(※1)日本民間放送連盟 放送基準
ただし、この放送基準にはもう少し細かな定めもあり、プライムタイム(※2)の番組内のCM(SB枠/番組と番組の間のCMは除く)にはさらに追加の基準が設けられています。たとえば、60分以内の番組については6分間を上限とするなどです。
(※2)局の定める午後6時から午後11時までの間の連続した3時間半
高い視聴率が獲れそうなプライムタイム(ゴールデンタイム含む)のCM量にはあまり厳しい制限などかけずに、もっと多くのCMを流した方がテレビ局の収入は上がるのではないか? と考えてしまいそうですが、これが半世紀以上の長い期間を経て“視聴者とテレビ局の間で成立している大切な和解”の一つでもあります。
それでも地上波テレビを見ていて「CMが多いよ」と感じる方もいるとは思いますが、実は米国では1時間の番組に対して10分以上、場合によっては15分くらいのCM量があるようですので、国内のテレビCM量はまだまだ少ないと言えます。
余談ですが、ここ数年、米国を中心に市場が急成長している広告付き無料ストリーミングTV 「FAST」(※3)は、リニアTVと比べてCM量が少なめであることが視聴者に人気が出た理由の一つでしたが、同時に広告主からの期待も高まり、徐々にCM量が増えてきてしまっていることが課題となってきています。
(※3)Free Ad-supported Streaming TV:2018年12月に米国のメディア・アナリストグループであるTVREV社が公開した記事内において初めて「FAST」(当初はFASTs)という言葉が使われた。
すべてとは言いませんが、昨今のデジタルメディアではニュース記事などを見たくてもまともに見られないくらい広告が前面にかぶさってきたり、動画コンテンツに何度も同じCMが挿入されてきたりすることで、広告を出稿しているそのブランドへの好意度が逆に揺らぐことも個人的には少なくありません。やはり、そのあたりはテレビCMの和解(受容性)とは違う気がします。
テレビCMは「リアルタイム入札」するほどの絶対量がない
そこで、実際に関東エリアA局のとある1週間の全CM量を15秒換算本数で集計みたところ7,189本でした(一部番宣除く)。約30時間、ほぼ上限に達しています。同エリアの他局も集計しましたが大きな差はありませんでした。おそらく、他エリアでも同様でしょう。
ここで大切なことは、地上波のテレビCMにおいてはスポット+タイムの全CM枠でもリアルタイム入札(RTB)するほどの絶対量がないということです。筆者は国内におけるデジタル広告のDSP/RTB(※4)にも、その開始当初から深く関わってきました。
(※4)Demand-Side Platform / Real Time Bidding
デジタル広告ではオーディエンスデータを基にした広告枠1インプレッション毎の売買を可能にするために、また大量の広告枠と常に価格が変動するデジタル広告において、それらの取引作業を瞬時に確実に行うことは人力では到底不可能なために、株式市場の入札・応札のようなRTBの仕組みが必要でした。しかし1本のCMオンエアで数万、数十万(枠によっては百万単位)のインプレッションを同時に発生させるテレビCMは、現状ではこのRTBには不向きだといえるでしょう。
RTBするということは、直前までCM枠を未売買のまま持っているということになりますから、1本あたりが高額なテレビCMにおいてはリスクも高くなります。また、デジタルの動画広告のように入札が全く無ければ、何か別の静止画広告を出しておくという訳にはいきません。放送事故のようになります。
筆者は、インプレッション取引によりテレビCMの価格弾力性を高くしたいと考えていますが、それをまずは事前セールス型で実現することが重要だとも感じています。もちろん、従来の手売りスタイルにこだわる必要はありませんが、「プログラマティック取引」は必ずしもリアルタイムである必要もないということです。実際にデジタル広告においてもすべてがリアルタイム取引されている訳ではありません。
テレビCMをリアルタイム取引するよりも前に(ここではプログラマティック取引と同義と考えても構わない)、テレビCMの価値をインプレッション指標で再定義することの方がより大切だということです。
さて集計したA局では、このうちスポットが5,156本(71.7%)となっていました。ただし、スポットとタイムの比率はエリアや局毎に、また集計する時期などによっても多少差があります。可能であれば、テレビ局の方は自局の比率などにあてがいながら以下をご参考にしてください。
この5,156本のスポットの個人全体の総GRPは10,867GRPでした。総GRPは当然ですが局毎に大きく異なります。この例では個人全体の%コストをこれまでの試算と同様に15万円と仮定すると、1週間のスポットの総収入試算は約16億3,000万円ということになります。
GRPをインプレッション換算する方法はいくつもありますが、総務省の年齢階級別人口データにテレビ保有率などを加えて独自試算しています。総インプレッション数は48億6,000万回となりました。ここから平均CPMを計算すると335円となります。これはあくまでも関東エリアでの試算です。
後にご紹介しますが、この平均CPMが全国の32放送エリアで大きくバラつきがあることも、テレビCMにおける視聴率ベースのGRP取引が持つもう一つの課題だと考えています。