なぜ「正解」を知っていても、実行できないのか
生成AIに問えば、マーケティングの「もっともらしい正解」は数秒で返ってきます。「顧客の声を聞いて商品開発に活かす」「LTVを軸に投資判断する」といった教科書通りのフローは、誰でも手に入るようになりました。それでも、いざ自社で実行に移そうとすると、途端に前に進まなくなります。
株式会社ビービットから、2013年に株式会社WACUL入社。代表取締役として、事業のコアであるナレッジ創出を牽引。著書には『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』『BtoBマーケティングの定石 なぜ営業とマーケは衝突するのか?』(日本実業出版社)など。最新刊は『なぜ定石だけでは組織は動かないのか? マーケターのための人心を動かす「社内調整」の技術』(日本実業出版社)。
なぜなら、「正解」を実践するまでには、とてつもない労力を要する「社内調整」が待ち構えているからです。本来のマーケティングは顧客に向き合う仕事のはずですが、実務のほとんどは「社内」に向き合う仕事に費やされています。
実際に、自分の仕事を棚卸ししてみてください。デジタルマーケティングの施策は、広告・システム・人材など複数の投資を要するものが多く、開発部門・営業部門・宣伝部門・情シスと、様々な部門との折衝が発生します。加えて上司には投資対効果を説明せねばならず、コンサルや代理店との調整もこなさねばなりません。純粋に「顧客に向き合う時間」は、本当にわずかしか残らないというのが、現場のリアルではないでしょうか。
正直なところ、私がコンサルタントとして参画する価値の大部分も「社内調整の円滑化」にあります。というのも、クライアントはコンサルが来る前からたいてい「正解」を知っており、私に求められているのは「外部の専門家も言っているから進めましょう」という権威付けだからです。
にもかかわらず、「社内調整」という言葉はネガティブに見られがちです。原因の一つは、日本の教育にあると私は考えています。学校では、問題が解けた瞬間が一番カッコいいとされる。しかし実社会では、解いた答えを実行するところまでが仕事です。
若い方や勉強家な方ほど「正解を出すのが仕事じゃないの?」と思いたがりますが、現実には正解を実行するための社内調整を担っている人こそが、会社を支えています。
私は「社内調整」を、誰もが誇れる仕事No.1にしたいと本気で思っています。考えてみれば、半沢直樹も島耕作も、実は社内調整のヒーローなのですから。
なぜ「偉い人が描く戦略は8割方間違う」のか
書籍には「偉い人が描く戦略は8割方間違っている」というかなり踏み込んだ言葉を書きました。やや極端に聞こえるかもしれませんが、実際にそうなんです。役職が高い人ほど、正しい戦略を描くために必要な3つの視点、つまり長期視点、顧客視点、全社視点を失いやすい構造にあります。
短期の売上や四半期のKPIを追うことに精いっぱいで、長期の投資判断ができない。役員会議に出続けているうちに現場と顧客から距離ができて、生々しい顧客の感覚を忘れていく。自部門の目標を守るために、全社の最適から目を背けてしまう。役職が上がるほど、この3つの視点は摩耗していきます。これは個人の能力の問題ではなく、構造の問題だと言えるでしょう。
役職者本人たちも、正しく戦略を描けていないことに薄々気づいているのだと思います。だからこそ、誘蛾灯に集まる羽虫のようにバズワードに飛びついてしまう。そんな役職者たちを、私は何人も見てきました。
なかでも典型例が、数年前のメタバースプロジェクト群です。「メタバースをやります」だけが決まった状態で、担当者に丸投げされる。担当者は必死にカスタマージャーニーを考えるものの、「あれ、メタバース、使いどころがなくない?」と気づいてしまう。それでも、上が決めた方針を止めることはできません。こうして、正解も終わりもない泥沼の社内調整が始まってしまいます。
現場のマーケターのなかには、「戦略は上が決めるもの」という前提で動いている方も多いのではないでしょうか。しかし、そこがまさに変えたいポイントです。役職者を待っていても「正しい戦略」は出てきません。だからこそ、現場にいる熱量のある人が、偉い人を巻き込んで会社を変えるしかないと私は考えています。
