圧倒的ブランドが直面した「高認知ゆえの無関心」
━━今回のキャンペーンを行うにあたり、メルカリではどのような課題を持たれていたのでしょうか。
石渡(メルカリ):メルカリはサービス開始から12年を迎えたタイミングで、サービス名自体の認知率は80%以上と高い水準にありました。一方で、未利用者や低頻度利用のお客さまに対し、メルカリの細かな機能や使い方の認知・理解が十分にされていないという課題がありました。
このような方々に対し、企業主語の広告で機能や使い方を訴求しても伝わりません。さらに、「メルカリのことならもう知っているから、広告は見なくてもいい」と、メルカリの広告だと気づいた時点で興味を失われてしまうという仮説を持っていました。
そのため、これまでとは異なるアプローチの広告クリエイティブ制作・配信にチャレンジしたいと思い、今回の企画に取り組み始めました。
━━「もしも、江戸時代にメルカリがあったなら」はYouTube Works Awards Japan 2026のBest Use of Google AI 部門でシルバーを受賞していますが、メルカリが掲げる企業方針「AI-Native Company」が、今回のクリエイティブへのAI活用にも関わっているのでしょうか。
石渡:2025年7月にメルカリは「AI-Native Company」化を宣言し、AIによる全社的な業務フローの改革を行っています。マーケティングにおいてクリエイティブは非常に重要なピースであり、AI活用の余地が大きいと考えていました。
もちろん、AIを使わない従来通りの制作も続けていますが、完全にAIに振り切った時にどこまでの表現ができるのか、チャレンジしたかったのです。それが結果として、「高認知ゆえの無関心」という成熟期ブランドの課題を解決する手段になると考えました。
大塚(Hakuhodo DY ONE):AIを活用した動画の制作や体験の企画を開発するAI特化型クリエイティブプラットフォーム「AI Experts ULTIMA(ウルティマ)」は、メルカリ様のように、事業やブランドが抱えるマーケティング課題に共に向き合い、AIクリエイティブの表現力で解決へと導くために編成されました。
課題の発見から企画、制作、実装までを一気通貫で支援することで、従来の手法にとらわれない新たなブランド体験や顧客体験を創出しています。
クリエイティブにおいてAIは、とにかく量産して効率化を図る方向に使われがちですが、今回の事例ではクリエイティブディレクター自身がAI生成の過程に関与することで、AIのみでは到達できない表現を追求しました。
「広告」を「コンテンツ」へ。江戸時代×メルカリの着想
━━過去のデータから「広告感の強いものはスキップされる」という仮説を立て、「もしも、江戸時代にメルカリがあったなら」という独自の世界観へとシフトした狙いを教えてください。
大塚:2023年と2025年の比較でメルカリの広告自体の視聴完了率が、約5ポイント低下しているというデータがありました。また、ユーザーインタビューでも「コンテンツっぽいものはつい見てしまうが、広告感が強いとスキップする」という声が頻出していました。
そこで、コミュニケーションの入り口を「広告」ではなく「コンテンツ」へと転換し、冒頭から手が止まるような体験を作る方向へと舵を切りました。企画の切り口として「江戸時代」を選んだのは、モノを大切にし、循環させる当時の文化と、フリマアプリであるメルカリの精神に親和性があったからです。
横山(Hakuhodo DY ONE):実際にAIを活用してリサーチをしてみると、江戸時代には不要になった傘の骨や、かまどの灰を買い取って再利用する文化や、推しの歌舞伎役者を応援する文化があったことがわかりました。
「メルカリは知っているから」とスキップされるのなら、誰も知らない「江戸時代のメルカリ」を描くことで、機能訴求を物語の中に自然に組み込めると考えました。
大塚:また、おもしろいだけのファンタジーで終わらせず、現代のメルカリの便利さや新たな利用提案「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」を伝えるため、具体的な利用シーンを盛り込みました。「推しのグッズが欲しい時」「不要な参考書を売る時」など、現代の利用シーンを、江戸時代にもありそうな場面に置き換えて3パターン設計し、シリーズ展開することで、生活者のインサイトを捉えようと意識しました。
AIでありがちな「質の低下」、どう乗り越えた?
━━「浮世絵を動かす」という極めて難度の高い表現に対し、独自の制作フローを確立された手法について詳しくお聞かせください。
横山:実写風の生成も可能でしたが、コンテンツとしてのキャッチーさを求めて浮世絵風の表現を提案しました。しかし、いざ動画生成AIで動かそうとすると、生成するたびに浮世絵のタッチが変わってしまい、安定したタッチを維持できないという壁にぶつかりました。
そこで、自前のデータセット学習(LoRA)を採用しました。権利関係がクリアな浮世絵のデータのみを追加学習させることで、安定したタッチで生成できる仕組みを構築しました。
━━個人がSNS等でAI動画を量産できる時代だからこそ、「プロの仕事」としてクオリティが劣化しないためにこだわった点は何でしょうか。
横山:LoRAを使っても、やはりAI特有の絵の崩れは発生してしまいます。AI単体で出力して終わりにするのではなく、1カット、1コマごとに人間の手で細かく修正を加えました。
AIをあくまで素材を生成するための道具として使い、最終的なフィニッシングのクオリティ担保は人間が責任を持つというプロセスを徹底しました。映像の技術的な仕上げを行うポストプロダクションの工程も行い、テレビCM制作のクオリティと同等の目線を持ちながら、細部までこだわり磨き上げていったことが、映像美に大きく寄与しています。
大塚:また、AIクリエイティブにおいて「権利」と「倫理」の問題は非常に重要です。当社では2023年より「クリエイティブ法務」という専門組織を立ち上げ、法的リスクを抑えながらブランド価値を最大化する取り組みを行っています。クリエイティブロイヤーと呼ばれる専門性の高い弁護士と連携しながら、広告表現を法的観点で検証するだけでなく、知的財産やAI活用に関するリスク評価も包括的に実施しています。
今回も、クリエイティブ法務と企画段階から連携し、生成AI特有の権利・倫理上の論点を整理した上で、制作チーム全体で共有できる判断基準と確認フローを設けました。これにより、リスクと適切に向き合いながら、新しい表現に挑戦できています。
石渡:それに加えて、広告主の立場としては、ブランドガイドラインの遵守を強く意識しました。メルカリのロゴやアプリのUIなど、崩れることが許されない部分はAI生成ではなく、後から実物の素材をはめ込んでいただくなど、通常の制作と変わらない基準でチェックを行いました。
視聴と獲得を両立させるYouTube二面活用のメカニズム
━━動画視聴キャンペーンとアプリキャンペーンを併用し、三型のフォーマットを展開した意図を教えてください。
大塚:YouTubeを、クリエイティブによる「気づきの創出」と、データドリブンな「獲得配信」を同居させられる媒体として位置づけました。
高認知ブランドの場合、既存の固定化されたイメージによってスルーされやすい傾向があります。そのため、まずは音声と映像で世界観に没入できる動画視聴キャンペーンで価値理解の母数を広げました。しかし、興味関心だけではインストールにつながらないため、別途インストール目的のアプリキャンペーンを並行して走らせました。
また、効果的にフリークエンシーを高めるために、横・スクエア・縦の3フォーマットを展開しました。
━━今回の取り組みによって得られた成果を教えてください。
石渡:狙い通り、視聴率・視聴完了率が非常に高かったです。視聴完了率は55.9%と、同時期に配信した他動画の平均と比べても約8ポイント高い結果となりました。スキップ可能な広告枠において高い視聴率を獲得できたことは、サービスへの深い理解と利用意向の向上につながったと評価しています。
さらに驚いたのは、獲得目的の配信でも大きな成果が出たことです。これまで獲得に効くのは短尺動画が多いという認識でしたが、今回は30秒の動画でありながら、インストール単価(CPI)を従来の動画広告と比較して約40%改善することができました。
横山:従来の制作手法であれば数ヵ月を要する品質と本数ですが、AIを活用することで、企画決定後の動画制作から納品までわずか19営業日で実現できたことも、特筆すべき成果だと考えています。
AI表現のコモディティ化の中でプロが介在すべき2つのこと
━━今回の取り組みを通じて得られた学びを教えてください。
大塚:これまでAIは、早く安く量産するための「効率化の道具」として使われることが多かったのですが、今回はあえてクオリティにこだわり抜きました。AIによるクリエイティブを「表現の拡張」として定義し直すことができました。
大塚:また、コモディティ化が進む中でプロが介在すべきポイントは2つあると考えています。1つは、再現性高く高品質なものを安定して出し続けるための映像制作のノウハウ。もう1つは、AIの出力が企業のブランド価値や伝えたいニュアンスとズレていないかを見極める、舵取り役としての目利きです。
横山:今回の制作では、ULTIMAメンバー以外のプランナーとも協業したのですが、彼らがAIの技術的な限界を事前に知りすぎていなかったことも、今回の表現のブレイクスルーにつながったと思います。「これは無理だろう」と忖度してしまうと、既視感のある表現になってしまいます。AIの限界を知らない企画側からの「いい意味での無茶振り」が、まだ見ぬ新しいコンテンツを生み出す原動力になります。
人間だけでは到達できない施策でメルカリの理解を深める
━━最後に、今回の成功体験を踏まえた今後のマーケティングコミュニケーションの展望をお話しください。
石渡:今回確立した「見たくなるコンテンツ」としての広告体験は、新たな機能訴求や利用シーンの提案において大きな強みになると確信しました。「AI-Native Company」として、今後は映像表現だけでなく、顧客理解やデータ活用など、あらゆる領域でAI活用を促進していきたいです。人間だけでは到達できなかったパーソナライズや高品質な表現を通じて、より多くのお客さまにメルカリを深く理解していただくことを目指します。
大塚:メルカリ様が直面した「高認知ゆえの無関心」は、多くの成熟ブランドに共通する課題です。私たちは、生活者インサイトに基づく戦略設計からAIによる映像表現まで、固定化したブランドイメージを刷新するコミュニケーションを企画から制作まで一貫して手がけました。今後も様々な企業様に対し、今回のような支援を行っていきたいです。

