顧客ピラミッドの作成とその意味
この章では、「顧客起点マーケティング」の基本的なフレームワーク「顧客ピラミッド(5セグマップ)」の作成方法と運用を紹介します。マーケティング対象である既存顧客と潜在顧客をすべて定量化し、5つに分類します。さらに「N1分析」と「アイデア」創出、打ち手の開発を通して戦略的なマーケティングを実践します。
基本概念と作成方法
企業やブランドによって、様々な顧客分析や分類が行われています。筆者もこれまで様々なフレームワークを試してきましたが、最もシンプルかつ汎用性が高いのが、この「顧客ピラミッド」です(図2-1)。その商品やサービスの顧客層全体を、次の5つにセグメント分類する方法です。
- ロイヤル顧客
- 一般顧客
- 離反顧客
- 認知・未購買顧客
- 未認知顧客
マーケティングの投資対象である潜在顧客層を含めてターゲット全体を包括的に捉えているので、現在の顧客だけでなく、離反顧客や、認知はしているものの一度も買ったことがない未購買者、またブランドの未認知者も含みます。これは、次の3つの設問による簡単な調査で作成できますので、低費用なネット調査でも可能です。
- そのブランドを知っているかどうか(認知)
- これまでに買ったことがあるかどうか(購買)
- どれくらいの頻度で購買しているか(毎日、毎月、3カ月に1回、最近は買っていない……などの購買頻度)
例えば、20-40代女性を顧客ターゲットとしているブランドであれば、20-40代の女性にこの調査をし、購買頻度でロイヤル顧客と一般顧客に分けます。この頻度は、主観的に決めれば良いと思います。仮に毎日使ったときの購買頻度が2-4カ月程度のスキンケア製品の場合、年に2本以上、当該ブランドを買う方をロイヤル顧客とすると、年1本以下は一般顧客となります(図2-2)。
この割合と、対象マーケット母数として実際の20-40代女性の人口を掛け合わせれば(日本であれば、総務省統計局の人口推計)、5つの層の人数を把握することができます。スキンケア製品を使用していない人を排除したければ、スキンケア使用率を年代ごとに掛ければいいだけです。
アプリなど無料のサービスの場合、先の設問で使用経験や使用頻度を聞きます。スマートニュースのようなニュースアプリであれば、「毎日使用者」がロイヤル顧客、毎日使用者を除く「毎月使用者」が一般顧客となり、それ以下の頻度は離反顧客と分類します。対象マーケット母数は、18歳から69歳までの男女すべてです。
ここで使う認知は、ブランド名での単純認知でなく、カテゴリー便益を伴った認知を指します。アンケート調査で、「このカテゴリーに関して知っているブランド名をお答えください」という設問で確認できる認知です。スマートニュースなら、「ニュースアプリに関して知っているブランド名をお答えください」という設問に対して、競合含む対象ブランド名の選択肢を提示して選んでいただきます。
非常に単純なフレームワークですが、中長期でマーケティング投資可能な対象全体が可視化され、様々な分析を行うことができます。同時に、短期だけでなく中長期での戦略議論が可能になります。
パレート分析と「20-80の法則」
よく「上位顧客20%が全売上の80%を生み出している」などと言われ、それを「20-80の法則」と表現されることがあります。この法則は成り立たないとの指摘もありますが、それはカテゴリーの購買頻度を計算に入れずに短期で見た場合の話であって、購買サイクルを複数回カバーする中長期で見るとほとんどの商品やサービスで「20-80」あるいは「30-70」「10-90」などの上位集中になります(図2-3)。
購買サイクルが1-2カ月程度までのカテゴリーであれば、1年以上の期間で見れば(購買サイクルで6回以上)、この法則は成り立ちます。
購買サイクルが長い商材、例えば車のように6-7年の購買サイクルであれば、10年以上の単位でなければこの法則は見えにくいと思います。ブランドがまだ立ち上げ時期で、購買者数自体がまだ少ない場合や、ブランド購買者数が急速に伸長したり縮小したりしている期間は、上位集中が大きく変化します。ただし、前述のように、複数回の購買サイクルをまたいだ期間でみれば、この法則は必ず見て取れます。
「20-80の法則」についてもう一つ注視したいのは、単に売上の多くをロイヤル顧客がもたらしているだけでなく、利益でみるとさらに上位集中が起きていることが多いことです。意外と見落としがちですが、この点を加味しないとマーケティング投資を正しく実行できません。
20-80と時間軸の関係
ほとんどのブランドにおいて、上位10-30%の顧客が大半の売上ないし利益に貢献していると述べましたが、かといって、下位70-90%の顧客は無視すべき存在ではありません。中長期で捉えた場合、顧客はダイナミックに動いており、それぞれの層を移動するだけでなく、競合商品や代替品への移動や併用も起こっています。ある時点では自社の一般顧客が競合のロイヤル顧客になり、その逆も起こっています。ロイヤル顧客も中長期では一定割合で離反するので、新規顧客の獲得と既存顧客のロイヤル化の両立を実現しなければ事業は縮小します。
日本の90年代前半までは、消費世代の人口そのものが拡大していたので、新規の潜在顧客が一定割合で自然増していました。だからこそ、ロイヤルティ向上のための施策やCRM中心での成長が可能でした。しかし、どんなに強いブランドであっても、一定割合でロイヤル顧客の離脱は起こっており、消費人口が減少する中では、ロイヤルティ向上だけでは顧客を100%維持することは不可能です。ロイヤル顧客増と新規顧客増は、時系列でバランスが取れるように、戦略を構築しなければいけません。
売上・費用・利益 ─売上と利益は誰がもたらすか?
顧客ピラミッドを作成すると、上位2つの購買セグメントの、大まかな年間売上貢献を把握することができます。自社で把握しているロイヤル顧客と一般顧客の実購買データを元に、それぞれの顧客セグメントの平均年間購買額を出して、ピラミッドの人数に掛け算すれば、およその売上が算出できます。
さらに、この2つの現在顧客セグメントとそれ以下の3つのセグメントへの投資費用額を概算で出せば、5つのセグメントごとに費用と営業利益を出すことが可能です。
下3つの層については、現時点で売上を生み出しているわけではないので、利益も当然出ていません。プロモーションにかけた費用はすべて、上位2セグメントの顧客からの利益でまかなっていることになります(図2-4)。
それを踏まえて、全セグメントに対する費用を算出します。まず、ロイヤルカスタマープログラムやCRMであれば、上位1層か2層に対してのみの施策になるので、対象者によって1層のみ、あるいは両方に人数割りで付与します。テレビやPRのようなマス投資であれば、現在顧客以外にもリーチしていると考えて、全セグメントの人数ごとに平均的に割り振ります。仮に対象マーケット母数の1%がロイヤル顧客、60%が未認知顧客なら、テレビCMのようなマス投資の費用はロイヤル顧客へ全マス投資の1%、同様に未認知顧客への費用は60%という計算になります。
さらに、デジタル施策のようにターゲティングしていれば、それぞれの層に割り振ります。また、販売促進活動も、小売店舗の顧客数カバレッジと実購買者数との差違から、上位4セグメントに割り振ることができます(図2-5)。
こうすると、それぞれの顧客層に対してどれだけ投資し、売上を作り、その期間の利益貢献がどれだけあるかの概算がそれぞれのセグメントごとに見えます。あくまで推定値ですが、売上だけでなく費用と利益の関係を顧客ピラミッドで把握すれば、マーケティングの投資戦略に大きく活用できます。
顧客から考えて戦略を立案する
これまで筆者が関わった事業では、多くの場合で売上と利益の上位集中が起こっていました。例えばロクシタンでは、店舗コストや店舗スタッフ含む販売管理費を総接客時間で割り振ると、利益貢献が上位に集中しており、1年間での購買者の上位約16%が全売上の42%と利益の100%を担っていました。つまり、ロイヤル顧客層以外への投資はすべて、ロイヤル顧客層が生み出す利益でまかなっていたということです。
上位のロイヤル顧客層以外への投資は、短期での利益貢献は低く、もしくは赤字になります(図2-6)。
その事実を可視化することで、一般顧客以下にかけている投資は削除すべきか、減らすべきか、あるいは中長期のLTV(ライフタイムバリュー)で見て正当化できる投資として継続すべきかを検証する必要が明確になるのです。
中長期での投資価値の正確な検証には、財務分析やコンセプトテストなどが必要になりますが、まずは顧客ピラミッドでセグメントごとに「顧客数」「年間売上」「費用」そして「利益」を把握することで、顧客起点での投資検証が可能になります。「どの顧客セグメントをターゲットとするか」「何を目的に投資すべきか」「いつまでに何を達成すべきか」という5つの顧客セグメントごとの戦略の議論が可能になるのです。
逆に顧客ピラミッドがない状態で、売上を上げよう、利益を上げようとするだけでは、費用と労力を分散させるだけです。利益を上げるために単純な費用削減をして売上を落とす、といったダウンスパイラルを招きかねません。
顧客ピラミッドを時系列で追うと、各セグメントの顧客がどれだけ伸びているのかがわかります。すると、どこからの売上が上がっていて、利益がどこから生まれているかがおよそ把握でき、マーケターとして現在から複数年の中長期のスパンで何をしなければならないかが明確になります。
RFM分析のメリットとデメリット
顧客分析については、購買情報を元に顧客を3つに分類する「RFM分析」が有名です。Recency(直近でいつ購買したか)、Frequency(購買頻度)、Monetary(購買金額)の3軸で顧客セグメントを分析する方法です。あるいは年間の購買額や購買数での顧客セグメント分析が行われることも多いと思います。
これは、現在の顧客状態を知るには有効です。反面、この分析だけでは、顧客ピラミッドの2層(ロイヤル顧客と一般顧客)に思考も施策も集中しがちです。離反顧客をどうするか、認知しているが未購買の顧客をどう顧客化するか、未認知顧客の認知をどう上げるかといった、中長期の成長に欠かせない視点が欠けているのです。
その結果、既存顧客の購買頻度や購買額を上昇させる施策に陥りがちで、販売促進やCRM活動だけに傾注することになります。その単純な繰り返しだけでは、継続的な成長は難しいでしょう。
実際のマーケットには、過去に買ったことはあるが今は疎遠になっている離反顧客、また、ブランドは認知しているが未購買の顧客、認知すらしていない顧客が多く存在し、それぞれに異なるチャンスがあり、それぞれ戦略が必要です。しかし現状の購買データのRFM分析だけでは、このチャンスが視界に入らず、現在の顧客にプッシュ型の販促活動を続けてしまうのです。
本来は、どのような商品やサービスであっても、まずはそのブランドを認知し、何らかの心理的変化があって初めて行動(使用、購買)に移ります。「ゼロからブランド認知をどう作るか?」あるいは「どのような心理的変化を起こすのか?」が、マーケティング対象です。その打ち手は、既存顧客に焦点を当てたRFM分析では出てきません。
当然、それぞれの顧客セグメントに応じた戦略も投資計画も、リターンまでの見込み期間も異なります。したがって、中長期でのブランド育成のためには、各顧客セグメント増減の動向を把握することが重要です。