見た目を作るだけではない、アートディレクターの仕事
──くぼたさんは電通のアートディレクターとして、日々どのようなお仕事をされているのでしょうか。
アートディレクターは、「アート」という言葉から「素敵な見た目を作る仕事」と思われることがあります。しかし、最終的なアウトプットのディレクションは、仕事の全体プロセスの中の一部分でしかありません。それと同じくらい大事なのが、クライアントさんと対話をしながら課題を整理して、その企業やブランドならではの本質的な価値や魅力を見つけることです。
お仕事の進め方はアートディレクターさんによって異なると思うのですが、私の仕事のプロセスを大まかにお伝えすると、下の図のような流れになります。
最初にクライアントさんからご依頼をいただいたら、「ここを解決したい」というポイントを整理します。課題が明確になってきたら、対話を重ねながらクライアントさんの魅力──時にはご自身も気づいていない素敵な部分──をできるだけ多く発見し、その価値が伝わる「世界観」を構築します。最終的には、その世界観をグラフィックや、CM、店舗といった制作物に落とし込んでいきます。
──これまでにどのようなものを手掛けられてきたのでしょうか? いくつか代表的なものを教えてください。
岐阜の食品会社である銀の森コーポレーションさんとのお仕事は、当初「自社の強みを生かしたオリジナル商品を作りたい」というご依頼でした。しかしお話をしていく中で、銀の森さんの理念や溢れる魅力を商品ひとつだけで伝えるのは難しいと感じ、「パティスリーGIN NO MORI」というスイーツブランドを立ち上げることをご提案しました。ブランド全体の世界観づくりから、ロゴ、パッケージ、空間デザインなど、総合的にディレクションさせていただいております。現在はGINZA SIX店や麻布台ヒルズ店を始め全国6店舗まで拡大(2024年12月時点)。ノリタケさんと食器を共同開発したり、様々な企業とコラボクッキー缶を作るなど、ブランド領域を広げています。
第一三共ヘルスケアさんの敏感肌向けボディケアシリーズ「ミノン」は、2020年のCMリニューアルのタイミングから担当させていただきました。「肌と大切な人を想う気持ち」に寄り添うブランドであることを踏まえて、やさしい人たちが集まるピンク色の銭湯の世界観をご提案しました。ブランド50周年の2023年には、グラフィックやCMだけでなく、お子様のうちからスキンケアの大切さを知っていただきたいという想いから、親子で楽しめる絵本も制作しました。
また、カネボウ化粧品さんのミラノコレクションの案件は、担当して3年目となります。芸術性も機能性も非常に高い商品を長年開発なさってきた歴史を大切にしながら、クライアントさんの熱い想いを届けるべく、アートワークを制作しています。ミュシャや天野喜孝氏とのコラボレーション商品の施策では、アーティストと“ミラコレ”、両者が出会って初めて生まれる世界をご提案しました。フェースアップパウダー2024はブランド史上最大の話題化に成功。ミラノコレクションとして初めてXのトレンド入りを果たしました。
このように、CMやグラフィックに限らず、ブランドの世界観を具現化するアウトプットに幅広く関わっています。
アートディレクターとして大切にしている3つのこと
──アートディレクターとしてクライアントの支援を行う際、大切にされていることを教えてください。
大きく3つあります。1つ目は、クライアントさんの魅力をできるだけ多く発見し、「らしさ」を探ることです。これは、プロジェクトの最初のプロセス、【クライアントさんの課題と価値を見つける】段階で、大事にしています。この時、クライアントさんご自身が、そのチャームポイントに気づかれていないこともございます。
たとえば、先ほどの銀の森コーポレーションさんは岐阜県の森の中にあり、「木苺がなっていたからジャムを作ろう」といったことを日常的にやってらっしゃいました。社員の皆さんは特別なことだとは思っていなかったのですが、都会に住む人からすれば憧れのライフスタイルですよね。そういった魅力と、渡邉会長のモットーである「ここだけ」という言葉からインスピレーションを得て、「森の恵みを楽しめる、ここにしかない森」というブランドの世界観を作りました。
また、新しいブランドの名前を考えていた時、渡邉社長は“銀の森コーポレーション”について、「前身の会社名が『銀しゃり本舗』だったから、その名残で『銀の森』なんですよ」と、少し照れながら教えてくださいました。でも私は、「銀の森」という言葉は、なんて詩的で、幻想的で、美しい、唯一無二の響きだと思いました。そこで、ブランド名にも社名の銀の森をそのまま使い、「パティスリーGIN NO MORI」と名づけることをご提案しました。
このように、対話の中でクライアントさんの魅力を発見できることがあります。「眠っている財産」を発掘できると、関わらせていただいた意義を感じ、嬉しい気持ちになるんです。