印刷会社のDNPが打ち出すデジタル戦略
2017年2月にデジタルマーケティング本部を立ち上げて以降、積極的にデジタル事業へ投資している大日本印刷(以下、DNP)。2018年5月には、MAセンターを設立し、マーケティングオートメーション・ツールの運用支援・代行サービスを開始。さらに2019年に入り、Kaizen Platformと資本業務提携を行い、5G時代に向けた動画コミュニケーションの構築体制を整えたほか、セールスフォース・ドットコムと連携してパーソナルDMを自動送付できるビジネスアプリケーションの提供も始めている。
そして9月11日には、LINEの新デジタルチラシサービス「LINEチラシ メディアフォーマット」を協業パートナーとして先行販売することを発表。本セッションのスピーカーであり、DNP 情報イノベーション事業部 C&Iセンター デジタルマーケティング本部 本部長の天本直也氏は、そのサービス特長を「顧客の獲得から育成までを、LINEでワンストップに実現できること」と語る。
「LINEチラシメディアフォーマットは、約8,100万人(※月間アクティブユーザー数)いるLINEユーザーに対し、近隣のお店のチラシ情報を配信するサービスです。配信する商品情報を、年代や購買行動、行動履歴に合わせてパーソナライズできることが特長です。店舗をお気に入り登録したユーザーには、プッシュ配信もできます。将来的には、LINE ビーコンと連動した来店計測も予定しています」(天本氏)
多様な外部パートナーとのアライアンスと進めるDNP
なぜDNPは、他企業との協業を進めるのだろうか。それは、同社のデジタル戦略にある。DNPは、自社に足りないスキルや技術を分析し、アライアンス企業を検討。ときには、1社あたりのリターンを削ってでも、成功率を高めるアライアンスを選択している。また、ビジネス規模を拡大するネットワークにも注目。自社のみで人材を育成したり、サービスの「面」の開拓にこだわるのではなく、企業の垣根を越えたチームで取り組み、目まぐるしく変化するデジタルのビジネスに対応しているのだ。
こうしたアライアンスの中で誕生したのが、デジタルマーケティングに必要な支援機能をワンストップで提供する「Marketing as a Service(MaaS)」だ。Marketing as a Service(MaaS)は、デジタルマーケティングの実行にともなうツール依存や人材不足をサービスで解決するモデルで、データ収集から施策実行までを、トータルで支援する。
DNPのデジタルマーケティング事業のコンセプトは、「Emotional Experience!」。リアルと現実をつなぎ、感動体験を創造することだ。同社の基盤を用いたデジタルマーケティング支援に注力する理由を、天本氏は「マーケティングの競争構図が変わってきた。ここに、DNPが貢献できる」と語る。
天本氏が紹介したのは、ある調査データ。1980年以降、業界トップシェア企業の利益率が下がっており、規模の経済が利益に比例しなくなっていることを指摘した。
「これまでの規模の経済では、製品そのものの価値を提供することが最優先でした。しかし今は、製品の価値だけでなく、購買後の提供価値が大事なのです。これに気づいている企業は製造の機能を、価値全体を提供するための1つのファンクションであり、すべてではないととらえています」(天本氏)
データとテクノロジーで勝てるマーケティングを実現
「メーカーをはじめとした製造業は、以前からの価値に他の手段も組み合わせた新しい価値、つまり顧客の体験価値であるカスタマーエクスペリエンスを提供しなければならない」と主張する天本氏。新しい価値作りに取り組む企業の事例として、ネスレとキリンを紹介した。
ネスレのネスカフェアンバサダーは、コーヒーのサブスクリプションだ。オフィスや自宅に置くコーヒーマシンとカフェメニューの掛け合わせにより、新しい価値を提供する。また、キリンが展開するビール定期便「KIRIN HOME TAP(キリンホームタップ)」は、専用ビールサーバーのレンタルサービスで、「自宅で生ビールを楽しむ」という、これまでにない価値を生み出した。
顧客やライフスタイルによって、求められる価値が異なる時代。この状態に対応するために、天本氏は「マーケティングのルールが変わったことを認識して欲しい」と訴えた。
「マーケティングは、データとテクノロジーという道具を使わないと勝てなくなっています。しかし、この道具の使い方にとまどう企業が多いのです。そこでDNPは、Marketing as a Service(MaaS)として、デジタルマーケティングの支援に取り組んでいます」(天本氏)
DNPにとってデジタルマーケティングとは、顧客を理解し、多くの人たちへ新しい価値を提供することである。顧客を理解することは、デジタル化以前から変わらない考えだろう。また優れたセールスマンは、顧客を理解し、顧客に最適な商品を提案している。こういった普遍的なマーケティングの実現を、データとテクノロジーを用いて再現性と汎用性を持たせたいという考えだ。
企業がぶつかる、デジタルマーケティングの共通課題
このような方針のもと、DNPはデジタルマーケティング支援を進めている。支援先企業も多岐にわたるが、天本氏は「いくつかの共通した課題がある」と明かした。
まず、ターゲティングの精緻化による施策の縮小化だ。ターゲティングを行うと、購入意欲が低いユーザーには、広告の配信を避けることができる。するとROIは良くなるが、施策は限定的になってしまう。たとえ、90%の確率で週末に自動車を購入する顧客を5人見つけたところで、自動車メーカーにとってみればビジネスインパクトは弱い。
しかし天本氏は、「デジタルのメリットは、PDCAをすばやく回すこと」とし、「ターゲットに合わせて、オファーをパーソナライズすることで、ROIと規模は両立できる」と語った。
続いて、企業のデジタルマーケティング実行における、3つの共通課題が挙げられた。
1つ目は、データの準備に多大な工数がかかり、正確でないデータのまま運用されていることだ。データからプロフィットはすぐに生まれない。それなのに、データは時間がかかると使われない傾向になってしまうという。
2つ目は、ツールを導入したが運用者がいない、担当者のスキルが足りないといった、人材不足に関する課題だ。デジタルマーケターの人材不足は業界の課題でもあり、多くの企業で見受けられている。
そして3つ目は、パーソナライズコミュニケーションが実現できていないことだ。アウトプットにメールしか施策がなかったり、コンテンツ制作が追いつかないなどの課題がある。
データ整備が30日から1日に短縮
これらの課題を一貫して解決するのが、Marketing as a Service(MaaS)の概念から誕生した、「DNP マーケティングクラウド」だ。顧客行動に紐づく様々なデータをマーケッター自らが統合管理し、状況に応じてデジタル施策とリアル施策を柔軟に使い分けることができるマーケティングプラットフォームだ。データを「貯める」「強化する」「活用する」というプロセスごとに様々なサービスを提供する。
まず、「貯める」のプロセスでは、データレイクの機能を用いる。データが大量であるほど作業に負荷がかかりやすいが、仮想化技術を導入し、取り扱いしやすい環境を整えていることが特長だ。
続く「強化」のプロセスでは、データの準備や整備を行う、データプレパレーションがメイン機能となる。これまで時間がかかっていたデータクレンジングをシステムに任せるため、データアナリストがデータ分析などの本来の業務に集中できる体制が整う。データプレパレーションを支える強力な技術が、「Paxata(R)」だ。とある大手流通企業では、決済や顧客データなどをすべて一元化し、顧客に適切なクーポンを発行していたが、データ整備に30日もかかっていた。これを、Paxata(R)は1日に短縮。スピーディな施策実行に活用できる。
そして「活用」プロセスでは、現在開発中のマーケティングオートメーションが目玉となる。その特長は、広告やメールなど、様々なコンテンツのアウトプットが効率的に作成できること。たとえば、CDPと連動して、パーソナライズ動画も作成できる。
デジタルとアナログのコミュニケーションで顧客体験を最大化
天本氏は、施策実行領域のサービスとして、MAと連携してパーソナライズしたDMをタイムリーに配送する「パーソナライズドDM(DNP パーソナライズド・オファー)」の実現についても触れた。
「たとえば生命保険の加入者が、退会情報のページへアクセスしているとします。この顧客は解約する可能性が高いと考えられますよね。するとMAから、顧客に合った契約内容を盛り込んだDMが翌営業日に発送できます。このようなオペレーション含めて、リアルタイムにパーソナライズされたDMを出すことができるのです」(天本氏)
企業のデジタルマーケティングの課題を、ワンストップで解決していく「DNP マーケティングクラウド」。LINEチラシメディアフォーマットや動画広告、パーソナライズドDMなど、施策のポートフォリオが広いことも強みだ。
「お客様は、アナログとデジタルの環境を行き来します。DNPでは、お客様のそのときの状況にふさわしい施策を、ワンストップでオファーできます。次のマーケティングに必要な価値提供を生み出す、重要なソリューションとして活用いただけるのではないかと思います」(天本氏)
天本氏は、開発中のMAに加え、今後も企業が抱える課題に対応する機能を取り入れ、サービスをブラッシュアップしたいとまとめ、セッションを締め括った。