データ取得の前提には顧客との「価値交換」がある
ここまで、ゼロパーティデータは“顧客が自ら提供してくれる情報”と説明してきました。企業の問いかけに顧客が答えてくれるという意味で、「従来のアンケート調査とはどこが違うのか」と聞かれることもありますが、両者は目的も得られる価値も異なると考えています。
なぜなら、ゼロパーティデータは基本となる顧客分類と紐付けてこそ真価を発揮するものであり、単発の回答結果を集計して情報を得る発想とは根本的に異なるものだからです。
さらに、ゼロパーティデータを取得するための調査設計には、深い顧客理解に基づく価値交換の発想が必要であることを強調しておきたいと思います。この点からも、ゼロパーティデータ取得は顧客の理解・分類と同時に走らせる必要があると言えます。
冒頭で説明したとおり、何と引き換えならば自分の興味関心や好みなどの情報を教えてくれるのか、その“何”には、顧客が価値を感じるものを設定しなければなりませんし、その期待を裏切ることは避けなければなりません。クーポンやポイントなどの金銭的な見返りは一般的ですが、ブランドならではのプライスレスな体験や権利といったインセンティブの設定が、ゼロパーティデータの取得ではより有効です。たとえばプロスポーツのチームなら「試合後にバックヤードを見学できる権利」のような、ブランドの無形資産を活かした企画も十分インセンティブになります。
他には、情報の提供と引き換えに、お気に入りのブランドの商品が一般に発売される前に購入できる権利や、限定されたコンテンツへのアクセスなども顧客にとっての価値となります。
設問に答えてもらう仕組み自体も、そもそもの顧客の関心ごとを入り口にしたり、顧客の期待に沿って楽しく演出したりすることで、よりブランドとの距離を縮めたり、今後もっとエンゲージできそうな人をあぶり出したりすることが可能です。
例を挙げると、ショッピングモールなどを運営するRetail Properties of Americaは、10代の顧客層がバケーションを終えるタイミングで「休み明けにどんなスタイルで登校する?」と複数のセレブのスタイルを選ぶ診断系コンテンツを展開しました(図表3)。

好みに沿ったアイテムを紹介してECにつなげた他、75%の顧客から今後の情報提供のオプトインを得られました。ゼロパーティデータ取得と心理ロイヤルティ向上を、同時に実現した好例と言えるでしょう。
また英国のプロサッカーチームであるアーセナルでは、2019年12月にクラブOBのミケル・アルテタ氏が電撃的に監督に就任した際、同クラブのファンやサッカーファンが興味を持ちそうなアルテタ氏に関するクイズを実施し、その過程で同意の下に顧客のゼロパーティデータを取得しました。顧客の関心ごとを、見込み顧客を含む接触の前線に設定することで、間口を広げながらその後の継続的なアプローチにも活かせるデータを得ることができます。
経営課題に応えるマーケターに
以上、ゼロパーティデータの有用性とその活用について解説しました。Cookie情報が使えなくなった代わりにゼロパーティデータを、という発想ではなく、そもそも今のビジネス環境下における事業成長のためには、ゼロパーティデータとロイヤルティマーケティングを掛け合わせて戦略を練っていくことが有効だと、感じていただけたでしょうか。私もずっと事業会社のマーケティングを支援しながら、自社のBtoBマーケターとして長くマーケティング業務に従事してきたので、マーケターが次々と登場する新しい概念やデジタルツールのキャッチアップに時間を取られてきたことはよくわかります。ただ同時に、この10年ほどで確実にマーケティングが担う意義は拡大し、事業を成長させるという経営課題に応えることこそマーケティングの役割なのだ、との考えに賛同する方も増えていると感じています。
“ポストCookie”の課題は、捉えようによっては、マーケティングと経営をつないで健全な事業成長を目指すための機会になるのではないかと思います。目先の手法に囚われず、視座を上げて、今後の顧客とのエンゲージメント構築に寄与する顧客理解とデータ活用に目を向けていただけたら幸いです。