「広告費を増やせば新規が取れる」時代の終わり MQLの前提はなぜ崩れたのか
和田氏は冒頭、「CRMが、ただのリストを追うツールになっていませんか?」と会場に問いかけた。マーケティングから営業へ渡されるのが「MQLが何件です」「今月のリストです」で終わっていないか。受け取った営業は「誰に、いつ、なぜ」を判断できているか──。CRMが「リスト管理」に留まっているなら、問うべきはその構造だ。
まず現状把握として示されたのが、同社の「企業のデータ資産利活用に関する実態調査2026」(n=1,000)である。直近1年間のWeb広告による新規顧客獲得の効率(CPA)について「改善した」と答えたのは15.5%。裏を返せば、84.5%が「変わらない」か、「悪化している」ということになる。
では、MQL最大化という戦略は間違いだったのか。
「MQL最大化は正しかった。ただし、『効く前提』が変わってしまったんです」(和田氏)
顕在層が多く、施策の差が成果に直結する環境では、接触量を増やして反応した人を営業へつなぐのは効率的な戦略だった。しかし、その前提を大きく変えたのがAIだ。競合も同じツールを使い、同じターゲティングを行い、同じメッセージを送る。施策そのものが均質化し、コモディティ化しているのが今の現実だ。
だからこそ今、競合と差をつけるために求められるのは、単に接点の数を重ねる「点」の戦略ではなく、接点と接点の間に何が積み上がったかを見る「線」の戦略だ。
和田氏はこの考え方を、従来の「刈り取り型モデル」と、これからの「育成・資産型モデル」という2つのアプローチに対比させて解説した。
「刈り取りをやめるという話ではありません。ほんの少し比重を変えていくんです」(和田氏)
単発の「点」の成果はAIを活用して再現できる一方、「この企業は自分たちを理解している、相談するならここだ」と感じてもらえるような深い関係性の構築は模倣できない。どちらに投資するかで、2年後、3年後の差は大きく開いていく。
その上で和田氏は、「CRMの定義」を問い直す。CRMを追客ツールとして使えば、誰をいつ追うかの判断は営業個人の経験に委ねられ、「行動の判断基準」は営業個人の頭の中に閉じ込められてしまう。本来のCRMとは、「どんな文脈を持つ顧客に、いつ、なぜアプローチするのか」を組織全体で判断・共有するための基盤なのだ。
現場を止めているのは“根性不足”ではない。「管理の設計不全」という構造
なぜ多くの組織で、CRMは単なる「追客ツール」に終わってしまうのか。和田氏は現場の実態に目を向ける。
同社の実務者調査では、「効率化のためのツールが逆に作業を増やしている」という構造が浮き彫りになった。顧客理解や施策立案のためにCRMを導入したはずが、項目整備や配信設定、エラー対応といったノンコア業務に追われ、実務者の約4割が「週の半分以上」の時間を費やす本末転倒な状況を生んでいる。
しかも、工数だけの問題では終わらない。ノンコア業務が7割を超える高負荷層では、実に約8割が離職意向を示しており、周囲に相談できる相手がいない孤立した担当者ほど心理的負荷は跳ね上がる。
作業と判断をひとりに集中させれば担当者は疲弊し、仕組みそのものが定着しない。CRM活用の成否を分けるのは、ツールを導入したかどうかではなく、「運用し続けられる設計になっているかどうか」なのだ。
しかし多くの企業では、「もっと現場が頑張れ」という根性論に陥りがちだ。
だが根性論とは、管理の設計不備を現場の自己責任にすり替える言葉に過ぎない。和田氏は、獲得したリストをそのまま営業へ渡す運用を「誰に、いつ、なぜ動くべきかの判断を現場に丸投げしている状態」だと指摘する。
優先順位のわからないリードを渡された営業と、「渡しても動かない」と嘆くマーケティング。この不毛な停滞を生む原因は現場の努力不足ではなく、管理職や業務設計(Ops)部門の「設計責任」にあると和田氏は強調した。
VoCが「ノイズ」になる理由 顧客情報と切り離された声は使えない
では、営業がリードを受け取った際に「今、動くべきだ」と判断するための材料はどう作るのか。その鍵になるのが、顧客自身が語った生の声、すなわちVoC(Voice of Customer)である。
ただし、VoCを集めるだけでは活用できない。同じ顧客アンケートであっても、部署によって求める文脈(見たい情報)が異なるためである。
同社の調査でも、営業が重視するのは「目の前の商談に直結する個客の文脈(個別提案への活用)」であるのに対し、マーケティングが求めるのは「市場全体の傾向(新商品・新機能の企画への活用)」と、両者の解像度に明らかな違いが見られた。求める文脈が違う以上、VoCは部署や役割に応じた翻訳を要する。
また、「データ統合の有無」も勝敗を分ける。顧客データを統合し資産化できている企業のAI活用成功率は68.9%、未着手の企業はわずか3.6%──実に19.2倍の開きだ。勝敗を分けるのはAIのアルゴリズムではなく、「データの質と統合の有無」だと和田氏は言い切る。燃料となるデータが分断されていれば、AIも顧客の全体像を理解できないからだ。
このデータの分断は、VoCにおいてこそより深刻な問題となる。たとえば、同じ資料をダウンロードした2人がいたとき、一方は「今すぐ検討したい顧客」、もう一方は「半年後の参考にしたい顧客」かもしれない。行動データは同じでも、その背景にある「意味(文脈)」は全く異なるのだ。
ところが、アンケート回答を既存の顧客情報と常に紐づけて管理・分析している企業は28.8%にとどまる。実に約7割の企業で、顧客の声が背景(属性や行動履歴)と切り離されてしまっているのが現状である。
「誰が言ったかわからない声は現場では使いにくく、単なるノイズになってしまいます。『A社の田中さんが今この課題を感じている』とわかって初めて、営業が動く理由になります」(和田氏)
顧客の声は、ただ集めた瞬間ではなく「顧客データと結びついた瞬間」に初めて資産へと変わる。問題は「データがないこと」ではなく、「データを活用できる設計」がないことだ。
「営業が動く理由」を設計する。重要顧客20社×1キーワードから着手せよ
では、管理職や業務設計(Ops)を担う部署は何をすべきか。和田氏が示したのは、VoCをもとに「営業が動く条件」を設計する考え方である。
全顧客に一律でアンケートを送るのではなく、更新前や利用頻度が低下したときなど、判断が必要な場面で声を取り、その結果をCRMへ戻す。その上で「このシグナルが出たら、この担当者が、この理由で動く」と条件をあらかじめ組織で定義しておくのだ。
たとえば「競合検討中」と答えた重要顧客がいれば担当営業へ即座にアラートを飛ばし、特定機能への要望が増えていればマーケティングや開発へ傾向として共有する。また、営業のCRM画面には商談に関する示唆を、マーケティングや開発にはダッシュボードで課題傾向を示すなど、見せ方も役割に合わせて最適化する。
「マーケティングが良いリストを作るのではなく、『営業が動く理由』を作る。この発想の転換が必要です」(和田氏)
VoC活用における現場負荷に関する調査データも示された。「設問設計(=思考)」と「リスト作成・配信対象の抽出(=作業)」がほぼ同率で上位に並ぶ。「人が思考すべき仕事」が、「自動化できる作業」に侵食されている──これこそが現場の停滞を生む構造だ。
さらに深刻なのが、「共有スピードの遅さ」である。ネガティブな回答が届いたとき、関係部署への共有に1週間以上かかる企業が約45%にのぼる。だが、顧客の不満には「賞味期限」がある。営業が知らないうちに競合比較が進み、翌月のレポートで初めて知るのでは遅すぎる。
解約検討、競合比較、サポートへの不満といったシグナルを早く拾えるかどうかで、次の一手は変わる。「月次のバッチ処理型」から、必要な声を必要な人へすぐ届ける「リアルタイム連携」へ。これは単なる作業の効率化ではなく、LTVを守るための初動設計だと和田氏は位置づける。
とはいえ、「大規模なシステム構築を目指す必要はない」と和田氏は言う。まず着手すべきは、「優先度ラベル」と「キーワードの検知」だ。「解約検討」「競合比較」「対応への不満」といった該当する回答が届いた際、即日エスカレーションを行い、顧客カルテを自動更新して担当営業へアラートを飛ばす。
「いきなり全社対応を目指さないこと。まずは重要顧客20社、そして1つのキーワードから始めてください」(和田氏)
完璧なルールを目指せば、また現場の作業が増える。小さく始め、反応を見ながら条件を磨くことが重要だ。
ツール選定に関する調査でも、現場が重視するのは「直感的に操作できる」「誰でも引き継げる」「サポートが手厚い」といったポイントであり、「機能の豊富さ」は最下位という結果が出たという。高機能でも一部の担当者しか使えなければ、担当者が変わった時点で運用は止まり、関係性を資産として積み上げられない。和田氏は、同社のCRM「Synergy!」も同じ思想で開発されていると触れた。
「ツールを使いこなす組織」が、模倣されない成長基盤をつくる
では、現場が作業から解放された先に、一体何が待っているのか。
「業務時間を削減できたらその時間を何に使いたいか」という問いに対し、1位は「コンテンツ制作」、2位は「企画・戦略立案」となり、「残業削減」は3位に沈んだ。
「現場はただ休みたいのではなく、本来やりたい仕事をやりたいと考えているのです」——和田氏はそう現場の真面目さと熱量を代弁した。定型作業から解放されれば、人は自然と顧客理解や企画立案といった「AIには代替しにくい仕事」へ向かっていく。LTV最大化に必要なのはツールの数や機能の多さではなく、「ツールに使われる組織」から「ツールを使いこなす組織」への転換なのだ。
セッション終盤、和田氏が「今日一番お伝えしたいこと」として掲げたのが、「VoCとCRMで、模倣されない成長基盤をつくる」というポイントだ。
CPA最適化もMQL最大化も、これからも重要であることに変わりはない。ただ、AIによる均質化のなかで差は次第に消えていく。その「施策の外側」に存在する価値が、「顧客との関係性」という真の資産である。VoCをCRMに紐づけ、「誰がどんな課題を持ち、いつ、なぜ動くべきか」を組織で設計する。この情報は広告プラットフォームから買えず、競合が同じAIツールを入れても模倣できない。自社の顧客接点、自社のVoC、自社の営業活動のなかでしか育たないからだ。
その上で和田氏は、本セッションの締めくくりとして「持ち帰るべき3つの判断」を提示した。
- 「ただのリスト渡し」をやめ、「この人にはこの理由で今動くべきだ」と渡すこと
- VoCを活用し、営業が動く「理由」を作ること
- リアルタイム連携により、現場を作業から解放すること
「1つの条件、1つの声、1つのアラートから始めてみてください。大規模なシステム開発より先に、運用の設計を変えることこそが第一歩です」(和田氏)
今日から変えられる「運用の設計」が、2年後、3年後に競合には模倣できない大きな差となって現れるはずだ。

