データ活用の本質とは顧客創造
加治:なるほど。リサーチという手法を冠していた以前の社名から、そこから導き出される“インサイト”という言葉を据えたのは、御社が何を提供していくのかを示す統合的な判断だと感じました。ところで、この名前は、田村さんご自身が考えたんですか?
田村:はい。元々、私も加治さんと同じノースウエスタン大学のケロッグ経営大学院でマーケティングや経営学を学び、その後経営者として事業変革をしていくことを志して楽天グループに参画した経緯があります。5年前に入社した当時から、いずれ楽天ならではのアセットを軸にユニークな提供価値を打ち出したい考えはありました。当時はまだ、従来型のマーケティングリサーチ領域においてプロフェッショナルクオリティを極める余地があったのでそこから進め、その成果が明確に出ました。「インサイト」とは生活者の意識や行動の核心に迫る情報と洞察を意味する言葉です。従来型の手法であれ新しい手法であれ、手法にこだわることなく、本来的に社会に求められている価値を再定義して追求しようと思っています。
加治:ということは、機が熟したわけですね。データ活用の本質に迫られていないというクライアント企業の悩みと、ガーファー同様に多様なデータを保有する楽天の一員であるという事業基盤がある。これは楽天インサイトが飛躍する場が整ったことだと、私も思います。
田村:ありがとうございます。単にデータを広告や販促などマーケティングプロセスの下流において活用するだけでなく、マーケティングプロセスの上流、すなわち生活者実態把握や製品開発のアイディエーションなど、マーケティング戦略構築の起点のデータ活用部分から携わって、全体を意味ある形でつなげたいと思っているんです。そこまでカバーすることが、データ活用の本質を追求するうえで不可欠ではないかと。
加治:田村さんが考える「データ活用の本質」とは、どういったことでしょうか?
田村:そもそもマーケティングとは、第一に顧客を創造する活動であり、次にそのマーケティング成果の最大化を求める活動だと考えています。ですからデータ活用も本来、この二つを追求することが本質です。データを元にカスタマージャーニーを明らかにし、マーケティングプロセスの上流工程から活かせれば、効果的なターゲット設定や商品企画・コミュニケーション開発につながる。それは新たな顧客の創造、つまりニーズを喚起して新たな市場を育てることにつながります。ただ、最近ではデータによる即時の業績改善を図ることが測定しやすくなっただけに、ややもすると成果の最大化にばかり重きが置かれてしまっている。それは逆に、市場を狭めてしまいます。
伴:いわゆる“刈り取り偏重”ですね。その行き過ぎた活動は、生活者に広告に対する嫌悪感を抱かせる側面を生んでいるのも事実です。だからこそ、新しい視点で生活者像を描いて、新しい顧客を創造するようなアプローチをしたいというニーズが切実になってきていると思います。そして、新しい視点で生活者像を描くためには、従来型のリサーチデータだけでなく、様々な行動履歴データも活用したいというマーケターが増えてきています。
信頼を築くコミュニケーション設計
加治:何を買ったのか? どこで買ったのか? その結果と手段は、行動履歴データで把握しやすいですが、WHYの部分を捉えるのは難しいですよね。
伴:そうなんです。だから当社では、「行動履歴データ」をつないであらゆる分析を可能にすることに加えて、楽天リサーチとして培ってきたリサーチ領域の「意識データ」のアセットをもって、ちゃんとその理由をたどっていこうと。「行動履歴データ」と「意識データ」の二つが組み合わさることで、本当に役立つ生活者インサイトをクライアント企業に提供できるはずだと思っています。
加治:データ活用の本質について、お二人の意見にまったく同意しますね。一つ最近の潮流を付け加えると、今、ブランドにとって生活者からの「信頼」を得ることの重要性が非常に大きくなっています。その観点を抜きにして、もはや企業活動はできないでしょう。ここには2つの相反する力があります。一つは、ソーシャルメディアの浸透によって生活者の影響力が大きくなってきたこと。もう一つは、企業側も得られるデータの種類が増えて、生活者を観察する範囲や深度も広がっていること。この二つの間には、ある種の相互観察の関係が生まれています。
伴:相互観察ですか、興味深いご指摘です。
加治:たとえばペットボトルにチップが埋め込まれて、どのくらいのスピードで飲むか、なんていうデータも取得されるようになるかもしれない。そんな世界になったとき、生活者が喜んでデータ提供に同意するかどうかは、その企業が信頼できるかどうかとイコールになります。ですから、信頼感を形成するという観点はマーケティングプロセスのすべてに徹底されるべきなんです。今後、データを活用するマーケターにとって、その信頼形成をどう設計するかが最も難しくなるでしょうね。