便益と独自性がなければブランディングは成功しない
MZ:「男前豆腐」は、パッケージに大きく「男」と書いてある豆腐ですよね。他にも、イラスト入りのものなど複数あったと思います。
西口:名前を聞くとパッケージも思い出しますよね。非常に独特であり、コミュニケーションとして圧倒的な独自性になっています。しかし誤解してはいけないのは、同社は豆腐の品質や製法に強いこだわりを持たれていて、支持されているのは名前ではなく、圧倒的においしい「味」だということです。
豆腐は見た目の差別化が難しいのでネーミングやパッケージで目を引いて購入を促し、圧倒的なおいしさは、食べたら伝わるのでリピートしたり口コミしたりする、という流れが生まれているのでしょう。
名前を覚えていないと購入につながりにくく、一度は独自性を感じても忘れてしまいます。だからこそ、思いきった独自のネーミングやパッケージデザインによるブランディングが売り上げに結び付くのです。しかし、味が普通なのに派手な名前やデザインを施しても、このような成功は期待できません。
MZ:プロダクト自体に便益と独自性があることが大前提、というお話でしたが、両方なければブランディングは有効ではないのでしょうか?
西口:プロダクトには便益があれば、かろうじてブランディングで売り伸ばすことは可能です。ですが独自性だけでは、ブランディングや他のマーケティング施策であっても、ほぼ無駄な投資になります。
第4回で解説した「価値の四象限」そのままですが、独自性だけをネーミングやデザインなどのブランディング的な活動で強調して一度は買ってもらえても、むしろ「期待したのにがっかり」という感想を持たれてマイナスの結果となってしまいます。
西口:「メラノCC」も「極潤」も「男前豆腐」も、プロダクトに強い便益があるから購入後に満足いただけるのです。そして、独自性が他の競合を買わない理由になり、継続購入につながるのです。
牛に焼き印を押せば「松阪牛」になる?
西口:繰り返しになりますが、ブランディングとは、顧客が価値を見出した便益と独自性とプロダクトの関係を強い記憶として結び付け、簡単に忘れられないように、また思い出しやすいようにして購入を最大化する手段です。
購入して実際に使用し、顧客がプロダクトの便益と独自性に満足して高い価値を見出したら、ブランディングはリピートにつながります。次の機会にも思い出すので、継続性を強化する手段になります。
MZ:いわれてみれば、もっともですね。そうすると、売り上げが伸び悩んでブランディングが打ち手の一つとして話題に挙がっても、「そもそもプロダクトの便益と独自性が弱いから売れていないのでは」「どんな顧客に価値を見出してもらえるのか」という点を先に考えないといけないですね。
西口:その通りです。顧客が便益と独自性に高い価値を見出さないなら、いくらブランディング的な投資をしても、売り上げの向上にはつながりません。
もちろん情緒的、感情的なブランディングも重要になることはありますが、その主たる目的はプロダクトの便益と独自性を記憶していただき、思い出してもらうために他の商品と区別されることです。「ブランディング」の語源には諸説あり、そもそも牛などの家畜が他の家の家畜と混ざらないよう、焼き印を押して区別していたことに由来するともいわれています。
MZ:要するに、ラベリングのようなことでしょうか。
西口:いってみれば、そうですね。印を押して、単に「うちの家畜だ」と自分も周囲も区別が付く。それ以上の意味はありません。焼き印を押せば「松阪牛」になるわけはないので、ブランディングをしたから特別になる、ものが売れる、というのは幻想です。