Authenticityをどう実装するか?「意味」への共鳴
1つ目の方向は、購買に「社会的な意味」を重ねることだ。
安くて便利、おいしいといった機能的な価値は大事だが、それだけでは商品がコモディティ化する。そこにどんな体験を乗せ、社会的な共感まで作れるかが問われている。
「便利な買い物も大事ですが、“私はこの会社とつながる意味がある”と思ってもらえることが大切です。同じシャンプーでも、子どもが楽しくなる、自分自身を肯定したくなるといった、情緒的な価値があれば、企業とつながりたくなりますよね」(奥谷氏)
その具体例が、ユニリーバのヘアケアブランド「LUX」だ。ブラジルでのキャンペーンでは、ディズニー映画『プリンセスと魔法のキス』の黒人プリンセス・ティアナを起用し、「なぜティアナの髪はいつも結わえられているのか?」と問いかけた。
シャンプーの処方は何も変えていないが、有色人種の人々が自然な髪型でいることを肯定するメッセージは、社会的態度まで変え、ブランドへの共感と売上の双方を高めた。商品の機能ではなく、社会的な課題にどう向き合うかがブランドの価値を変えた例だ。
同じことは、小売にも当てはまる。オランダのスーパー、Jumboは高齢者の孤独を解消するために「おしゃべりレジ(Kletskassa)」というスローレーンを導入し、オランダ政府のプログラムとも連動した。品揃えや価格の競争力は前提として、そこに「社会的な意味」を重ねることで、顧客とのつながり方が変わっている。
Sephoraのロイヤルティプログラム「Beauty Insider」も、ポイント還元だけでは終わらない。会員データに「ドライスキン」「アンチエイジングに興味」といった悩みが記録され、コミュニティやインフルエンサー集団「SEPHORA SQUAD」を通じて、人とつながる動機を生んでいる。奥谷氏はAIの時代だからこそ、しっかりしたロイヤルティプログラムが欠かせないと語る。わかりやすいプログラムで積極的にコミュニケーションすれば、結果的に店舗でもECでも購入につながるという。
「量のビジネス」と「絆のビジネス」の両輪で考える
Authenticityの実装について、奥谷氏が語った2つ目の方向は、事業構造そのものの設計だ。
奥谷氏は「量の経営から質の経営へ」という単純な置き換えではなく、「量の経営と質の経営のバランスへ」と整理する。安くいいものをオンラインで広く届けるEC事業は「量のビジネス」であり、それ自体は引き続き不可欠だ。しかしAIが比較・最適化を代行する時代、安さと便利さだけでは「替えがきく存在」になってしまう。
「いいものをより安く売る“量のビジネス”もやりながら、安くなくても次の商品を楽しみにしてもらえるお客様とのつながりを作っていく。これを僕は、『絆のビジネス』と呼んでいます。この両輪を回すことが大事です」(奥谷氏)
では「絆のビジネス」を組み立てるために、何から始めればよいのか。奥谷氏が強調するのが、顧客を「何を買っているか」ではなく「何を解決するために買っているか」で理解するというジョブの視点だ。安い・近い・便利というコモディティ的選択はスイッチングコストが低く、替えがきく。一方、感情・信頼・価値に基づく「意味ある選択」はかけがえがなく、離脱しにくい。
「お勧めしたいのは、今いらっしゃるロイヤル顧客の意見を聞く、そういった方のデータ分析をしてみるということです。ロイヤル顧客の“意味ある選択”の種類を見つけて、同じような選択をしうるポテンシャルカスタマーを探す。これが第一歩になります」(奥谷氏)
テクノロジーはスマートなものだが、それだけではお客様は買い物をしない。奥谷氏はスライドで、Technology(Smartness)の上にAuthenticity・Well-beingが乗り、さらにReal Purposeが重なる構造を示した。
スマートな仕組みの後ろに「私の課題を解決してくれる本物だ」「つながっているといい会社だ」という感覚がある。AuthenticityとWell-beingは複雑に絡み合っており、データを取ることが目的ではなく、人とデジタルの掛け合わせでよい紹介をしていく。その先に、意味のある購買が生まれると奥谷氏は語る。
お客様にとって「替えのきかない存在」になるブランドになるためには、機能的価値だけではなく、パーパスや社会課題に対してリテールやメーカーが挑戦していくことで、「意味ある選択」へと進化していく。
最後に、奥谷氏は顧客との関係の進化を3つのステップで整理した。Customer Satisfaction(顧客満足)は「状態」にすぎない。Customer Insight(顧客理解)は「動態」を捉える。そしてその先にあるCustomer Success(顧客の成功)こそが、長期的なつながりを生む。
AIに選ばれるだけでは足りない。AIを通じてお客様に「本物だ」と感じてもらい、選ばれ続けること。エージェンティックコマースの時代に問われているのは、テクノロジーの巧拙ではなく、その奥にあるAuthenticityだ。
