「住みたいまちを創る」ために。名鉄のDX・マーケティング部が目指すもの
現在、中京圏で最大規模の路線を持つ名古屋鉄道(以下、名鉄)。交通事業だけでなく、不動産、レジャー、流通など多角的に事業を展開しており、2040年のビジョンとして「『地域』を創る、『社会』を支える、そして『まち』を彩る〜リーディングカンパニー〜」を掲げている。これは、魅力ある地域づくりやモビリティネットワーク(鉄道・バス・タクシーなどの移動手段をつなぐネットワーク)の高度化を実現することで持続的に成長し、企業価値の向上とともに地域価値向上を目指すという理念だ。
そんな名鉄が力を入れているのがAI活用。同社の安井氏は次のように話す。
「私が所属するDX・マーケティング部では、住みたいまち、そして中京地域に訪れたくなる仕掛けを創ることを重要なミッションとして掲げています。その施策として、デジタルを活用してお客様1人ひとりに合わせたサービスを提供することを目指し、AIを活用する取り組みを進めています」(安井氏)
その名鉄を支えるのが、2009年創業のテックベンチャー・ギブリー。ギブリーは生成AI活用やDX支援で1,000社以上の実績があり、様々な業種・企業におけるAI・DX定着のノウハウを蓄積してきた。
今回、安井氏とともに登壇したギブリーの吉田氏は、「昨年開催の『Hello Friends! W!th LINEヤフー 2025』では当社のユーザー企業様が登壇し、当社が支援したメールコンテンツのAI自動生成の成果を発表していました。当時は人間とAIでどちらのコンテンツの成果が高いかの検証を行いましたが、現在はAIのほうが効果・効率ともに高いという結果が出ており、LINE公式アカウントの運用もAIエージェントで動かすところまで来ています」と説明する。
そして今回登壇した名鉄も、LINE公式アカウントの運用を含め、同社の顧客体験価値の向上に向けてAIエージェントの積極活用を進めており、大きな成果が出ているという。
3つのステップで実現を目指す、名鉄グループマーケティング変革の全体像
現在名鉄が進めているプロジェクトは、「名鉄グループのLTV向上と売上拡大を目標に、AIをマーケティング領域で活用する」というもの。業務効率化だけでなく、売上成果と顧客体験価値、そして地域全体の価値向上を目指すもので、3つのステップで進められている。
ステップ1は、2025年6月から始めたLINE・メールマーケティングの高度化だ。ステップ2は、AIエージェントを構築するとともに、リテール分野や不動産など高額商材の戦略立案と実行。最後のステップ3は、グループ全体のデータを横断的に活用し、AIエージェント基盤をグループ各社でシェアしてマーケティング価値を高めていくというものだ。
安井氏によると、現在はステップ2まで進んでおり、この段階で既に手応えを得ているという。
LINE公式アカウント・メールのAIエージェント化でクリエイティブ制作時間を大幅に軽減・代理店コストも75%削減
では、LINE・メールマーケティングにおいてAIをどのように活用しているのだろうか。
名鉄には「名鉄ミューズ会員」という会員制度がある。同社ではこの会員に向け、旅行やイベント、グルメなどの最新情報をLINE公式アカウントやメールで案内している。その配信プロセスを、半年前にAIですべて自動化したという。
まず、AIのディープリサーチ機能によって、配信するサービスに関連した市場トレンドを探索し、最適な訴求軸を導き出す。旅行であれば「秋を満喫する行き先」や「温泉一人旅」など、その時期の人気トレンドを引き出していく。
次にCRM内のデータについて、サードパーティーデータも用いてAIがリサーチを行い、セグメントの切り口を見つけ、リストを生成する。そしてそのセグメントからAIで「仮想ペルソナ」を生成し、配信するメッセージのA/Bテストを実施してコンテンツを最適化する。
そのフィードバックをもとに、AIが最適な配信プランを策定。セグメントリストの抽出からコンテンツ生成に至る一連の施策を最適化して配信し、その成果を学習データとして蓄積することで、運用の精度を上げていく。
吉田氏は「セグメンテーションからプランニング、メッセージ作成、配信に至るまで、完全な自動運用ができています」と明かす。
たとえば名鉄グループのラーメン店「ラの壱」では、地元住民向け、ビジネスパーソン向け、アクティブなファンの若年層向けという3つのセグメントをAIで抽出。それぞれの層に最適なメッセージ配信のクリエイティブをAIが自動生成している。人の手は一切介在しておらず、配信工数を下げつつも、顧客の体験価値を上げているという。
「定量的な成果では、メールのクリエイティブ制作工数を9時間から30分に短縮できました。さらに、開封率・クリック率ともに、人が運用していた頃より改善しています。また、LINE公式アカウントのメッセージ配信の制作工数も70%圧縮できました。AIが適切にセグメントを作成するため、LINE公式アカウントのブロック率改善にもつながっています。コスト面では、外部代理店への委託費を75%削減できたことで、金額にすると年間で数千万円規模のコスト削減につながりました」(安井氏)
続けて安井氏は「人が運用していた頃がだめだったというわけではない」とも強調した。もともと同社には、AIエージェントを推進する以前に、代理店が約3年かけて作り上げた運用の仕組みが存在していた。この強固なベースがあったからこそ、AIエージェントの成果が得られたと捉えているとした。

AI自動化の成功と業務成果向上の要因について、安井氏は「『人がやる業務にAIをどう差し込むか』ではなく、『AIが業務を行うとしたらどうなるか』という発想の転換で業務フローとシステムを一から設計し直しました」と説明する。
既存の業務フローやシステムにAIをそのまま組み込んでも、効果は30%程度にとどまる。吉田氏は「業務フロー全体を見直してAIベースで設計したことが、大きな成果につながったと思います。名鉄さんは、AIを前提にオペレーション全体を大胆に作り変える“with AI”の思想を、スピード感を持って実行されました」と分析した。
「価値観マッチング」と「カテゴリーまたぎ」で雑貨事業の売上を向上
この成果を基に、名鉄ではリテール事業でもAIやLINE公式アカウントを活用して売上向上を実現している。それが、名鉄グループが営む雑貨セレクトショップの「オンセブンデイズ」だ。
オンセブンデイズは愛知県内を中心に15店舗を展開(2026年6月時点)しており、コスメ、アパレル、キッチン雑貨、食料品なども扱う雑貨店だ。同店では良質な品物を数多く取り揃えているものの、売上が伸び悩んでいた。そこで、来店頻度と客単価の向上を実現すべく、ギブリーの協力の下、既存会員へのアプローチをAIで強化するプロジェクトが始動した。
吉田氏は、分析当時の着眼点について次のように振り返る。
「会員データを分析したところ、ライトユーザー層に空白地帯があることが見えてきました。この層を引き上げてロイヤルユーザー化することがポイントだと考え、どうすれば来店頻度・顧客単価を上げられるのかを考えました」(吉田氏)

鍵となったのは、「コスメやアパレル、食品などの様々なカテゴリーの商品」と、顧客の「多様な価値観」だ。LTVの高い顧客には、「コスメ」「食品」など複数のカテゴリーにまたがって購買する「カテゴリーまたぎ」が多く見られる。一方、顧客の心理としては「ちょっと良いものを選びたい」「コスパ重視で低価格だけど素敵なものが欲しい」など、求める価値観は様々だ。
そこで、カテゴリーまたぎを促すために、顧客の価値観と、多様な商品が持つそれぞれの価値を“マッチング”させ、「美容感度の高いユーザーには、コスメとともに、アパレル商品のなかから良質なタオルを提案する」といったメールやLINE公式アカウントのメッセージ配信を行うことにした。その価値観マッチングに活用したのがAIだ。
具体的には、ECサイトの商品説明文やレビューをAIが解析し、各商品をラベリングする。同時に、会員の購買履歴・属性・Web閲覧履歴から「どんな価値観で商品を選んでいるか」をラベル化。このラベル同士のマッチングでレコメンドを行うといったものだ。
価値観マッチングのためにセグメント化された顧客グループは16種類。「ここまで細かいセグメント分けをして配信の出し分けをしようとすると、非常に煩雑な工数が発生します。そこをすべてAIで自動化することで、精緻なCRM施策を回すことができるようになりました」と吉田氏は話す。
CRM施策経由の売上前年比20%アップ(豊川本店のPoC成果)──CRM×AIエージェントが生んだ数字
16セグメントの価値観マッチングによるLINE公式アカウントのメッセージ配信をはじめとするCRM施策により、オンセブンデイズ豊川本店の売上は前年比20%増(PoC成果)、購買人数も30%増加した。ライトユーザーの購買比率も70%を占めており、当初の狙いどおりライトユーザーの引き上げも達成できたという。
安井氏は「金額ベースでいうと、売上効果は数百万円規模になります。さらに客単価も最大で数千円アップしており、カテゴリーまたぎの効果がしっかりと数字に表れています」と説明する。
さらに直近の事例として、2026年のゴールデンウィーク前には本店で「母の日」施策を展開。母の日のプレゼント提案にメールやLINE公式アカウントのセグメント配信を行った結果、同施策だけで数百万円規模の売上増を達成した。
オンセブンデイズの担当者もこうした成果に手応えを感じており、デジタル施策に連動する形で、カテゴリーまたぎが起きやすいよう本店の店舗レイアウトも刷新。デジタルとリアルを一体化した取り組みとして、より大きな成果につなげていくという。
吉田氏は、「オンセブンデイズのアプリ単体での顧客獲得数・売上と比べると、LINE公式アカウントを用いたCRM施策とアプリ併用による顧客獲得数・売上は、それぞれ2.5倍、6.5倍の差がありました。LINE公式アカウントとアプリを併用することの相乗効果が大きく出たと思います」と所感を述べた。
グループ統合マーケティングへ──AIがつなぐ「住みたいまち」の未来
名鉄の次のチャレンジは、ステップ3で描く「グループ統合マーケティング」の実現だ。現在はCRM領域とクリエイティブ・広告領域でAIエージェントが活躍しているが、今後はリサーチやカスタマーサービスの領域にも広げ、マーケティング全体をAIエージェントで回せる基盤を構築していくという。グループ全社で統合マーケティングの高度化を実現することで、最終的には「住みたいまちの実現」という名鉄グループのビジョンにつなげていくことを目指している。
ギブリーはそんな名鉄の次のチャレンジをサポートしつつ、そのノウハウをさらに多くの企業に展開していく構えだ。

